« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

アメリカ、オバマ政権にみる経済と政治とは?

 アメリカのオバマ大統領が予算教書を発表した。その中に「富裕層に対する税の優遇措置を打ち切る」という項目があるそうだ(2/27/7:35/NHK HP)。

 この優遇措置というのは「ブッシュ政権が二〇〇一年と〇三年の二度にわたって実施。年収二十五万ドル(約二千四百五十万円)以上の高額所得者の所得税率を35%まで引き下げ」たのだという(2/28付「しんぶん赤旗」=共産党HP)。

 おそらくこのカネ持ち減税がアメリカ住宅投資の“頭金”になったのだろう。それに低金利の金融政策が加わってバブルが発生したということだろう。新築住宅市場から中古住宅市場へと投資目的の転売が。

 アメリカ経済を未来永劫に牽引するはずだったこのシステムがパンクした。 

 歴史上、経済というのはカネ持ちのためにあったのだと思う。それを正すために革命があり政治制度が生まれたのだと思う。

 今は中世の王族を倒したような革命はない。しかしカネ持ちのカネ儲けを制御することが政治の役割であることは今も変わらない。でも日本は今それをしているか。(2009/2/28/No.115)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アカデミー賞、ノーベル賞受賞と中川“酩酊”前大臣とのギャップはなんなのか。

 「22日開かれた米アカデミー賞の発表・授賞式で『おくりびと』(滝田洋二郎監督=53)が外国語映画賞を、『つみきのいえ』(加藤久仁生監督=31)が短編アニメ賞をそれぞれ受賞した」(2/24/NIKKEI NET)。

 その前にも複数の日本人の学者がノーベル賞を受賞した。日本人の活動なり業績なりが国際社会から評価されるのは喜ばしいことだ。

 一方で国の政府を代表して国際会議に臨んだ中川前大臣の“酩酊”ぶりが全世界に配信されて日本人の名誉を汚してくれた。このギャップは何なのだろうと思う。

 日本人にとって政治とは、若者が情熱をもってめざそうという分野には入っていないのではないだろうか。

 テレビの街頭インタビューで政治に関する感想を聞かれる場面、最近ははっきり答える人が増えてきたが、昔は、特に年配の女性の中には「むずかしいことはわかりません」と逃げる人が多かった。もちろんテレビ局がどのシーンを切り取って放映するかにもよるのだが。

 若者が政治の話を真剣に議論しているとおとなの世代から青臭いとのレッテルを貼られたりした。同じ世代からもまじめくさい、付き合いずらいなどとの扱いを受けたりした。

 最近の政治の世界、世襲議員が多い。このところの歴代の総理大臣、小泉、安倍、福田、麻生とみんな世襲議員だ。それぞれの地方では“殿様”化しているのではないか。

 明治維新の例を見ても、政治変動の原動力になったのは時の家老、奉行などといった上級武士の子弟たちではなくそれぞれの藩の下級武士たちだった。

 しかしどうだろう。今若者が政治の世界に立候補しようとすると自転車にのぼり旗を立てて若さを強調しながら走り回ると、見ようによっては目立ちたがり屋のパフォーマンスという気がしないでもない。

 戦後65年、日本はアメリカの敷いたレールの上をひたすらにはしってきたとも言える。欧米諸国に追いつけ、追い越せでとにかく仲間入りしたいとの思いで走り続けてきたとも言える。

 しかしこれからの時代、それでは立ち行かないだろう。これからの日本は間違いなく、国際社会の一員として協調を基調としながらどう国益を守るのかが求められていくだろう。

 そのためには学問の世界、映画の世界と、日本人が活躍して国際社会から評価されるのと同じように、日本の若者が政治に情熱を持って立ち向かい、同じように国際社会から評価される日が来ることが重要ではないか。(2009/2/24/No.114)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自民党内で麻生首相退陣要求も、牛耳る政治家とパフォーマンスの政治家の狭間で。

 自民党内では麻生首相では次の総選挙は戦えないと公然と退陣要求が出たりしているようだ(2/19/NIKKEI NET)。

 内閣支持率がのきなみ10%台のところへ“酩酊”で国際社会の“笑いもの”になった前大臣までとびだし、次の世論調査では10%を切るとの観測も出ているようだから当然と言えば当然の動きだろう。

 しかし麻生首相本人は辞める気はない。後継候補がいないと言われている現状の中で与党は衆議院で3分の2以上。自分から辞めると言わなければ辞めされられることはないとよんでいるのだろう。

 任期は9月までの7ヶ月だが総理大臣という地位は実に居心地が良く誇らしいものなのだろう。

 ところで自民党にはなぜ後継候補がいないのだろう。おそらく牛耳る政治家では務まらなくなったということだろう。

 自民党というのは1955年の保守合同以来保守地盤を独占してきた。そのため地元と党を牛耳れば即総理大臣になれた。

 閨閥を含めた人脈づくりの巧みさ、集金能力の巧みさ、そして人事管理の巧みさ。それに若干の政策能力と演説力があれば十分だった。

 しかし日本の世の中は改革を必要としてきた。

 計算しつくされた巧みなパフォーマンスで国民の気持ちをつかみ、その国民の力で自民党を牛耳ったのが小泉元首相だった。しかしこの元首相にはパフォーマンスはあっても政治がなかった。政治とは社会のひずみ、矛盾とかを正すための共同作業だろう。しかし小泉元首相はその社会のひずみ、矛盾をさらに広げた。

 小泉元首相以降、彼をしのぐパフォーマンスを持った政治家は自民党の中から登場していない。やたらとテレビの報道番組だかバラエティだかそのあいのこみたいな番組に出て若さ、新鮮さを強調しながら自信満々に自説を語っている人がいるが自民党内を牛耳れる力もなければ国民の気持ちをつかみきれてもいない。

 かくして自民党牛耳り派もだめ、パフォーマンス派もだめで後継候補者なしだ。かくして国民の多数が早期退陣を望んでいる麻生首相の“ご満悦”な日々が続く。(2009/2/22/No.113)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小泉純一郎元首相の正論と不正論

  小泉純一郎元首相が「定額給付金などの財源の裏付けとなる第2次補正予算の関連法案が衆議院で再議決される場合、本会議を欠席する考えを示し」て自民党内に波紋を広げているようだ(2/18/19:44/NHK HP)。

 同元首相はまた「現在の与党の議席がどういう形で得られたのかをよく理解していないのではないか」と麻生首相や自民党執行部を批判した(NHK 前同) 。

 これは正論だと思う。今の自民・公明の与党陣営で衆議院の3分の2以上の議席を占めたのは2005年の衆議院総選挙。「郵政民営化」をほとんど唯一の争点とした。それなのにあれにも3分の2。これにも3分の2では話が違う。

 しかし小泉元首相の「欠席」表明には麻生首相の「『郵政民営化』に反対だった」発言に大反発して見直しなんかしたら「定額給付金」をつぶしてやるぞ、という意味があるのだと思う。

 しかしこれは不正論ではないか。そもそも2005年の総選挙では「劇場型」だとか「刺客」だとか、マスメディアが大騒ぎして話題を興味本位にした選挙だったし中身についても「民営化」すれば景気は良くなる、その他は良くなるとばら色のようにえがかれた。しかし格差の拡大というかたちで「痛み」は拡大。しかも最近になって「かんぽの宿」の問題。なにやら国民共有財産の山分けみたいな話になってきた。

 直近の参議院選挙では与野党が逆転している。この4年間の流れを見れば「郵政民営化」は根本的な見直しをするという方が正論といえるのではないか。(2009/2/20/No.112)

-----------------------------------------------------------------

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ノキア超高級携帯1号店、19日に銀座で開業に思う

 携帯電話機の世界最大手、ノキア(フィンランド)が「富裕層向け」に最高価格が600万円の携帯電話端末の日本での販売に乗り出すのだという(2/18/NIKKEI NET)。「皮革や金などの高級素材を使った」携帯端末なのだという。

 時は「100年に1度の金融(経済)危機」。日本の08年9月-12月の国内総生産(GDP)の伸び率は1974年の1月から3月、石油危機直後にマイナス13.1%となって以来34年9か月ぶりの落ち込み(2/16/10:0/NHK HP) 。

 そういう社会状況の中でも「皮革や金などの高級素材を使った」「最高価格が600万円の携帯電話端末」を購入して満足げにしている「富裕層」というものがいるのかと思う。

 ではなぜそういうカネ持ちが存在するのか。

 昔、江戸時代、「士農工商」の身分制度のもとで武士階級は農民から「年貢」を取り立てて上流階級となった。

 しかし今の社会は「自由社会」。昔、小泉元首相の下で大臣を務めた竹中平蔵氏が「努力した者が報われる社会」とことあるごとに強調していた。誰にでもその機会が与えられている「自由な社会」。あとは本人の努力しだい。本当にそうか。本人の努力しだいはそうかもしれない。しかし誰にでもその機会が与えられているは本当にそうか。

 いつの世にもカネ持ちはいるさ。われわれには関係のない別世界の話さ。それで世の中何事もないかのように流れていく。それでいいのかとしつこく思う。(2009/2/18/No.111)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本経済沈没?コストダウン至上主義の経済構造ではもはや日本は救われない。

 内閣府の発表で去年10月から12月までのGDPの伸び率(速報値)が「年率」換算の実質で12.7%のマイナスとなった。「10%以上の2けたのマイナスになったのは石油危機直後の昭和49年の1月から3月にマイナス13.1%となって以来34年9か月ぶり」とのこと(2/16/10:0/NHK HP)。

 この落ち込みの最大の原因は「マイナス13.9%と過去最大の減少」(NHK 前同)となった輸出の落ち込み。 輸出がこけたら日本経済がこける。今さらながらの日本経済の外需依存体質を感じる。

 1955年の保守合同による自由民主党の結成、1960年の池田内閣による「所得倍増計画」、それにより「高度経済成長」を遂げて世界の経済大国になって以来この半世紀を支えてきた日本経済の一大論理は、日本は資源がないので輸出に頼っている。そのためには国内経済を効率化して国際競争力をつけなければいけない。そのためにはコストダウンは不可欠というもの。

 しかしこの論理が日本経済を長期的展望を持たない目先の利益追求型にして国内経済を衰退させてしまったのではないだろうか。

 たとえばエネルギー問題。東シナ海のガス田開発で中国とのあつれきが問題になっている。しかしこのニュースを聞いていつも思うのは中国は開発しているのに日本は開発していないのかということだ。

 日本はエネルギーがないと言いながら日本の経済水域にガス田があるのに開発していない。資金と能力は当然ある。しかしやらない。なぜか?コスト的に合わないからだろう。他にも風力発電とか太陽エネルギーの利用とか。石油資源のない国だからその他のエネルギー開発で世界をリードしているのかと思うとそうではない。カネにものをいわせて石油を買いあさればその方がずっと安上がりだということだろう。気がついた時には日本の弱点がまるで解決されていない。

 農業問題もそうだ。狭いニッポンでせせこましく農業をやっているよりカネにものをいわせて外国から買ったほうがずっと安上がりだという論理で国内農業を衰退させ、今国際的な食糧危機が叫ばれる中で自給率の低下に危機感をいだいている。

 小泉元首相の登場で吹き荒れた「構造改革」。安い人件費を求めて中国等に製造拠点がどんどん出て行き国内では大リストラ。日本の中小企業が持っていた貴重な技術までもが海外に出て行ってしまうという現状。そして日本の「高度経済成長」を支えてきた「団塊の世代」の大量定年。今や人的資源もあやしくなってきた。

 よく「内需拡大」で話題になるのが大型公共投資。しかしこの業界、大手ゼネコンが元受けで、下請け、孫受け、ひ孫受けと延々と仕事がたらいまわしされることは常識。そのたびにピンハネされる。会社はもうかるが実際の工事はギリギリ、かすかすで行われて世間に回る金は微々たるものになる。しかも赤字必至の大型工事で借金だけが後世に残る。

 今回発表されたGDBのマイナス成長、今年1月-3月期はもっと落ち込むだろうとの観測があるそうだ。

 日本は長い間輸出によって高い経済成長を保ってきた。しかしその輸出がこけたら国内になんにも残っていない、そんな感すらする日本経済の沈没。それは歴代の自民党政権によってなるべくしてなったのだ。今、「内需」とは何かが問われなければならない。そしてそれが実現できる日本経済とはどうあるべきかが問われなければならない。その転換に必要なものは根本的なものであってそれが実現できる政権でなければならない。単に政権が変わればどうにかなるだろうというものではない。(2009/2/16/No.110)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本郵政、完全民営化の後に「100年に1度の金融危機」だったらどうなっていた。

 日本郵政は全国70の「かんぽの宿」などをオリックス不動産に一括して売却する契約を白紙に戻すと表明した(2/13/18:25 NHK HP)。

 当然過ぎるほど当然の話だ。そもそも用地費、建設費で2,400億円もかかったしろものを109億円で払い下げるという話自体が不自然だ。しかもオリックスグループの宮内最高経営責任者は06年まで「規制改革・民間解放推進会議」の議長をつとめていたそうだ。自分で民間解放を推進したあげくの果てに自分の会社になんていくらなんでも話がうますぎる。

 「規制改革・民間解放」とは国有財産を“食い物”にするための一大画策だったのではないのかとの疑念を持たざるをえない。

 日本郵政というのは民営化されたわけだが今現在国が100%の株式を持っているそうだ。法律による縛りもある。今年あらためて見直すという規定もあるそうだ。

 民営化される時点で郵便貯金、簡易保険掛け金などで350兆円とか450兆円とかと言われていた。それが完全民営化の中で「カジノ資本主義」の中に費やされていたら今ごろいったいどうなっていたのか、と思う。

 今、「100年に1度の金融危機」の中で外需に依存する日本企業では派遣・期間工切りが正社員にも及ぼうとしている。しかしそれが郵政完全民営化前だったがために日本人の貴重な資産が守られたとも言えるのではないか。(2009/2/13/No.109)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沈む産業、浮かぶ産業で資本主義はどこへ行く

 アメリカで住宅バブルが崩壊したのは周知の事実。日本でもマンション分譲大手の日本綜合地所が東京地裁に会社更生手続き開始を申し立て、受理された(2/5/NIKKEI NET)。

 アメリカの1月の新車販売台数(速報値)は、前年同月比37.1%減の65万6976台。年率換算では957万台と1000万台の大台を割り込み、1981年12月以来、約27年ぶりの低水準となった(2/4/NIKKEINET)。日本でもトヨタが最終損益が3500億円の赤字と、最終赤字は初めてとなる09年3月期の連結業績見通しを発表した(2/6/NIKKEI NET)。

 日本の主要百貨店の1月の売上高(速報)が軒並み減少 松坂屋12.2%、三越11.3%などとなった。高額品の不振が一因だったという(2/2/NIKKEI NET)。
 
 こうしてみると高額品の産業から相次いで不況に陥っていることがわかる。ということはこれらの産業がいかにバブルに支えられていたかということだ。高額所得者はなをいっそう。所得の高くない人も「サブプライムローン」とか「ゼロ金利自動車ローン」などでバブルの恩恵にあずかっていた。

 バブルは人間社会に豊かさを実現したというより贅沢という夢を見させる役割をした。

 一方、この不況の中で業績を伸ばしている企業もある。ユニクロ、日本マクロナルド、米ウォルマートなど。

 ユニクロは1月の国内既存店売上高が前年同月比5.7%増え、前年水準を上回るのが3カ月連続とのこと(2/3/NIKKEI NET)。

 日本マクドナルドの2008年12月期決算は、連結経常利益が182億円と前の期比17%増。売上高は3%増の4063億円と過去最高。「節約需要にマッチした100円メニューなどの『お得感』でうまく来客数の増加につなげた」(2/4/NIKKEI NET)。

 いずれも低価格を売り物にしている企業だ。そもそも実収入に見合った人。実収入が減ったので一ランク上の店から“降りて”きた人。実収入は変わらないが用心のために“降りて”来た人たちがあらたな客層になったということだろう。

 今後住宅、自動車などの高額品を扱う産業の低迷が長引き、人減らしが続いたりしたらますますこの傾向は続くだろう。そして高額品産業が行き詰まり低価格帯の産業が業績を伸ばし、雇用も増大させ、いつのまにか贅沢ざんまいの薄れた社会になっていくのだろうか。それともまたどこかでバブルが発生し、贅沢な夢の社会になっていくのだろうか。

 誕生期の自由そのものの資本主義から修正資本主義へと。そして新自由主義による「カジノ資本主義」へと。この先どこへ行くのか定かではないが、資本主義は間違いなく曲がり角にさしかかっている。(2009/2/7/No.108)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「連合」春闘は危機の時代に闘えるのか

 日本最大の労働組合全国組織である「連合」が「8年ぶりのベースアップを要求する」(1/15/11:58/NHK HP)。

 「8年ぶり」ということは2001年以来ということだ。その2001年といえば小泉政権が誕生した年。そして「痛みを伴う改革」が始まった年。

 「連合」に所属する個々の労働組合は大企業労組が中心。その大企業ではその間、希望退職、配転などのリストラが横行した。派遣、請負等の非正規労働も拡大してきた。「連合」はそれらにさしたる抵抗もしないで事実上協力してきた。 「連合」のそれらの行為は大企業のコストダウンにおおいに貢献した。大企業は史上最高益を更新し続けた。「連合」加盟の組合は、ベースアップと引きかえに、中小企業、非正規労働などから見れば夢のようなボーナスを獲得してきた。しかし組合員数は1989年の発足時の800万人から680万人と120万人も減らしてきた(「連合」HPから)。

 しかし時は「100年に1度の金融危機」。「連合」春闘に先手を打つかのように大手大企業は大幅減益・赤字決算を発表し、非正規労働のみならず正社員の削減まで表明している。もはや夢のようなボーナスもどうなることか。

 「連合」はベースアップ要求の根拠に国内需要・消費の喚起による景気上昇をあげている。ついこの前まで大企業の成長に “貢献”してきた「連合」が心底そう思っているのかどうかその戦いぶりではっきりすることになる。

 まぁせいぜい正社員の雇用確保をお願いして終わるような気がするのだが。(2009/2/5/No.107)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

“敗北宣言”のダボス会議と気勢を上げる「反ダボス会議」と

  かつてアメリカの裏庭とまで言われた南米に左翼政権が次々と誕生した。その首脳たちが集まって「世界社会フォーラム」が開かれた。

 この会議はダボスで開かれている「世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)」に対抗して開かれるため「反ダボス会議」と呼ばれているようだ。

 この会議の席上、ベネズエラのチャベス大統領が「ダボスに『死に行く世界』が集う一方、ここには『新たに生まれる世界』が集まった」と気勢を上げたそうだ(1/30/NIKKEI NET)。

 そこまで言われたダボス会議で日本の麻生総理大臣は「米国の過度の消費と黒字国の内需不足による世界的な不均衡の是正が必要だ」との考えを示したそうだ(1/31/NIKKEI NET)。

 麻生総理大臣が「ダボス会議」をどの程度代表しているかは定かではない。ほとんど代表していないかもしれない。ただアメリカが世界の富を独占し、「過度の消費」を極める社会をつくりあげ、そのアメリカを相手に日本では輸出大企業が、中国でも輸出大企業が、沿海部大都市が利益をため込み「内需不足による世界的な不均衡」をつくり上げてきたという指摘はそのとおりだと思う。そういう意味では先進資本主義国の“敗北宣言”といっていいのではないか。

 そういう意味では「新しい経済秩序には、経済成長率ではなく富の再配分といった指標が必要」(ボリビア=モラレス大統領)(NIIKEI 前同)という指摘は間違っていないのではないか。

 ただこれを「新たに生まれる世界」というにはまだまだ課題が多いのではないだろうか。中国にしても東南アジアにしてもこの南米にしても経済発展の原資は先進資本主義国からの投資であることが多い。今「100年に1度の経済危機」でその資金を引き上げる動きが出ている。それでも耐えられれば本当に「新たに生まれる世界」になるだろう。

 一方先進資本主義国が「死に行く世界」であるというのどうだろうか。こちらもまだわからない。前世紀末というか今世紀初めというか「ITバブル」がはじけたと思ったらあらたな「住宅バブル」。この先も新しいバブルを見つけて今の経済危機を帳消しにしてしまうかもしれない。

 しかしバブルは必ずはじける。それを繰り返しているうちにはいつか「死に行く世界」がやってくるかもしれない。(2009/2/1/No,106)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »