昔、努力した人が報われる社会へ、今、努力した人が生き残れる社会へ、か
ここ何年か、淘汰ということばを聞く機会が多かった。最初は努力した人と努力しなかった人が同じように扱われるのはおかしい。努力した人が報われる社会を目指そう。その結果として努力しなかった人は淘汰されますよ、ということだった。
しかしここ何年かの経緯を見ればこの筋立てはまやかしだったことがわかる。正確には報われた人が努力した人だったと思わされた。
たとえば崩壊した金融バブルの中で円キャリー取引というのがあった。日本国内の超低金利と円安ドル高を利用した取引。利息のほとんど付かないただ同然の円資金を借りてドル資産に換金する。極端な話、昨日100円を1ドルに換金して今日1ドル110円にドル高(円安)になったところで円に換金し戻せば昨日100円だったものが一夜にして110円になって10円の儲けとなる。
昔ながらの日本人には努力ということばにはコツコツとということばが結びつく。しかしこの何年かの社会はカネの運用(転がし)しだいで一夜にして“努力”が報われる社会だった。
アメリカのバブルが崩壊して世の中さま変わった。日本の社会では今、弁当競争というのがあるそうだ。「県内のスーパーで弁当の安売り競争が加速している」「総菜コーナーには200円台が続々と登場」「大手の持ち帰り弁当チェーンも値下げに動いており、スーパーの弁当安売り競争はまだ続きそうだ」(2009/05/13付 西日本新聞朝刊=同HP=google)。
スーパーなどでは客寄せの目玉商品として安売りをしている所があるようだが、弁当専門店がこの値段でやっていけるのだろうか。ましてやまだまだ競争が続くという。もはやこの業界では努力した人が報われる社会ではない。努力した人がやっと生きていける社会だ。まさに淘汰あるのみの社会だ。そしてその淘汰の具体化として企業防衛、リストラが繰り返される。ほかの業界でもにたりよったりだろう。雇用不安、将来不安、社会不安、生活防衛、安売り願望の連鎖が続く。(2009/6/6/No.148)
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