日記・コラム・つぶやき

総選挙、この一票を何に託そうかと思う。その2

 ルールを守り、守らせることができる政党に投票しようと思う。

 今、派遣労働が問題になっている。雇用契約2年11ヶ月というのがやたらに多い。3年になったら直接雇用しなければならないので、いったん契約を打ち切りあらたに契約する。この方法で実際の雇用年数は5年になろうと10年になろうと直接雇用の責任は果たさない。

 直接雇用されているから恵まれているというわけではない。「名ばかり管理職」いう問題があった。実際に管理職たる権限を有しないのに管理職とされて残業代をカットされる。

 残業代をカットされるのはなにも「名ばかり管理職」だけではない。一般社員のあいだにだって「サービス残業は」は横行している。

 日本では有給休暇の取得率が低いという。確かもうずっと昔の最高裁判例で有給休暇の取得には理由を明示する必要はないというのがあったと思うが、実際には会社に理由を告げて許可を受けて始めて休めるというのが大方の会社ではないか。しかもその取得率はその後の査定に響くとか。

 パートだって有給休暇を取れる。その根拠は労働基準法が労働日数は規定しているが労働時間は規定していないからだ。しかしそんなことはほとんどのパート従事者には知らされない。かりに知ったとしても自動的に取れるわけではない。会社とそれなりの交渉をして頑張ってやっと取れるというのが現実だろう。それだってパート契約の更新をちらつかされた実際に取れるかどうかわからない。

 何のためのルールかと思う。守られないのならなくても同じではないかとも思う。

 でもこれらのルールは守ってくれるものなのではなく守らせるものなのだろうと思う。

 でも日本ではその守らせるという国民的経験が少ないのだと思う。ヨーロッパの革命運動、レジスタンス、パルチザン等の抵抗運動の歴史から培われた国民的意識と比べたらはるかに遅れているのだと思う。

 そしてさらに、資源のない日本にとっては貿易立国こそが命綱との認識が広く深く植えつけられている。その認識の下では労働条件のほとんどがコストと認識される。貿易立国たる日本でコストを上げたら国際競争力はどうなる?という宣伝が横行する。

 でもあらためて何のためにルールがあるのだと思う。守られない憲法があって、守られない労動基準法があって、守られない派遣法があって、守られない・・・・・があって。

 あらためて今度の総選挙、ルールを守り、守らせることができる政党に投票しようと思う。(2009/7/28/No.164)

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総選挙、この一票を何に託そうかと思う。

 ここ十何年かは昨日よりは今日、今日よりは明日と、時に一日単位で手持ち資産が目に見えて増えていく時代だった。“才覚”のある人はほとんど人生経験のない人でも、あるいは学生でも臆のカネを動かして世の中を謳歌していける時代だった。元手はいらない。ほとんどゼロ金利に近い状態でカネを融通してくれる。そういう社会において毎日をほとんど同じ営みで過ごしている人々がバカ者扱いされた。そういう働き方をしている人々が“負け組み”と称された。家庭にいて自由にできるカネを動かすだけで何の生産をすることもなく何のサービスを提供することもない人々が一日一日が変化の毎日、裕福への毎日ともてはやされた。

 そのようなカネ回り社会に対応して世の中にはありとあらゆる商品があふれた。都会に行けばきらびやかなショッピングモールなどが登場し、テレビでは健康診断的にはかなり問題があるのではないかと思われるタレントがこれでもかと美食を腹の中に詰め込んでいる。アメリカではサブプライムローンと、一般的には信用力の低い人、低所得者等と訳されるが中には自己破産者もいたという、そういう人たちにも住宅購入を保障するという社会が登場した。

 しかしバブル崩壊でその社会が崩れた。だからその社会は終わりを告げるだろうということではない。確かにバブル崩壊で痛い目にあった人の中にはもう二度と手を出さないという人々がいるだろう。しかし実際はそうではない。この社会をつくった中心的な勢力は国民の税金によって救済されている。この社会の根幹を揺るがさないようにという名目で。

 この救済された人々とそれを保障した政治勢力はこの社会が続くのが当然だと思っている。だから今後再び復活してまた失敗してもまた救済されるだろうと思っている。この社会が続くのがあたりまえ、当然だと思っているからだ。

 総選挙を前にして小泉「構造改革」路線に対して、官から民へという基本路線は正しい、ただ度を越した、セーフティネットが十分でなかった等と主張する政治勢力がいる。しかし度を越したから、それでみずから自己規制できるならバブルは起きない。崩壊も起きない。でもアメリカを中心としたバブル世界は自己規制できると信じていた。でも崩壊した。

 この社会の復活を目指す政治勢力、カネがカネを生む社会に基本的に理解を示す勢力には投票すべきでないと思う。これら勢力の復活を許さず、やりたい放題を許さない、そういう展望と政策を持った政治勢力に投票しようと思う。(2009/7/26/No.163)

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24年連続で長寿世界一(女性)の日本の今後をどう考えるか?

 「日本人の2008年の平均寿命は女性が86・05歳、男性79・29歳で、いずれも3年続けて過去最高を更新した」そうだ(7/16/16:33/東京新聞 HP)。女性は24年連続で世界一だそうだ。 

 人生にはいろいろなことがある。病気、予期せぬ事故、憎むべき犯罪等で無念にも若くして命を落とす人もいる。そうした中で長い年月を生きられたということはある意味では幸運なことだと思う。
 
 子、孫、ひ孫などに恵まれ、金銭的にも恵まれ、悠々自適の生活を送っているお年よりもいるだろう。かと思えば低額年金や「後期高齢者」医療差別等に苦しむお年よりもいるだろう。

 平和の維持、科学、医療の進歩、事故、犯罪の撲滅などが進めば今後間違いなく長寿が進むだろう。そうした状況の中ではもはや現役世代と高齢世代などという議論ではとてもやって行けない時代になるだろう。

 高齢者もやるべき役割を果たす。そういう社会を構築しなければとてもやって行けないだろう。歳をとってからも果たすべき役割をしているという納得があれば少しばかりの贅沢を楽しめるカネがあればそれなりの老後が過ごせるのではないか。

 それはもしかしたら果たすべき役割を考える暇もなく働き続ける代償として高い地位とリッチな生活に満足感を見出す生き方にも微妙な変化を与えるかもしれない。(2009/7/18/No.161)

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世間はめまぐるしく動いているようだが・・・か

 “貧乏暇なし”の生活をしているうちに世間ではめまぐるしくいろんな出来事が起きている。

 5日の日曜日、静岡県の知事選挙があった。12日に投開票される東京都議会議員選挙とともに結果次第では麻生内閣の命運にも大きく影響すると言われた選挙だ。

 結果は民主などが推した候補が勝利した。自民党のある元幹事長は静岡はもともと自民が強い所、しかも相手は分裂にもかかわらずとその厳しさを語っていたようだ。

 しかし民主党というのは小沢前代表、鳩山現代表と2代続いて献金疑惑が持たれている。最近の多くの世論調査でも鳩山代表の説明は納得できないとの回答が多いようだ。にもかかわらず民主党への大きな流れができていく。

 結局自民党にはこのままのさばらせておきたくないという有権者の気持ちの表れなのだろうと思う。「各候補の公約に目を引く違いはなかった」(7/6/東京新聞社説=同HP)なのだからそれで静岡の政治が大きく変わるというものではない。にもかかわらずこういう結果になったということはおごりきった自民党に冷水を浴びせたいという有権者の気持ちなのだろうと思う。

 12日に投開票される東京都議会議員選挙でもそういう結果が出るかもしれない。しかし東京においても自民と民主の間に「目を引く」公約の違いがないのは静岡と同じだろう。

 かくして世の中刻々とめまぐるしく動いてはいくが自分の身近な生活がそれで変わっていくわけではない(2009/7/10/No.156)

 

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麻生首相が日本の資本主義はマルクスの「わが亡き後に洪水よ来たれ」だと証明してしまった。

  麻生総理大臣が、西暦2020年までの温室効果ガス削減の中期目標について、「2005年に比べて15%削減」を目指すことを明らかにした(6/10/19:41/NHK HP)。「2005年に比べて4%削減することを目指すべきだとする案が経済界などから出された」が「『低炭素革命で世界をリードするためには一歩前に出て、倍の努力を払う覚悟を持つべきだ』」と言うのである(NHK 前同)。

 「低炭素革命で世界をリードする」としたわりには世界の評価は余りかんばしくない。「世界有数の環境NGO、WWF・世界自然保護基金の温暖化問題担当者は『日本は国内で排出削減を進める意欲も、温室効果ガスの削減を目指す国際交渉で、リーダーシップを発揮しようという意欲もないことがわかった』と述べ」たという(6/11/7:1/NHK HP)。

 それはそうなのである。日本が議長国としてまとめた京都議定書では「08~12年期に90年比6%減」というのが日本に課せられたの目標なのである(6/11/「しんぶん赤旗」=共産党HP)。

 今回の目標はその90年比にすると8%なのだという(「赤旗」前同)。90年比にすると8%減が05年比にすると15%減となるということは05年までは削減どころか増えているということになる。でないとこういう数字にはならない。ましてや経済界から出された「2005年に比べて4%削減する」という提案では議長国としてまとめた「90年比6%減」の京都議定書すらまるでほごにする提案だと言わざるを得ない。さすがに国際社会の前でそれはできなかった。90年比8%減も提案することができなかった。そこで数字を大きく見せるために2005年比で15%削減という数字が出てきたのだろう。

 なぜこういう提案になったのか。「国民生活や産業活動に対する負担の大きさを示すことなく、削減量が大きいほどいいという精神論を繰り返すことは無責任だ」という考えがあるのだという(NHK 前同)。。
 すでに北極の氷が解けているとかヒマラヤの氷河が消えているとか、太平洋上の島国が水没する可能性があるとか報道されている。日本でも愛媛みかんが愛媛ではつくれなくなり、青森りんごが北海道に北上するとかの予測が報道されている。このまま進めば「国民生活や産業活動に対する負担の大きさ」どころか破局だ。

 この問題は破局を防ぐためにはどうあるべきかという立場で考えを出発させるべきであって、今現在の「国民生活や産業活動に対する負担の大きさ」から出発すべきではない。

 麻生首相の提案は、基本的には今の生活を守るためには後世の事はどうなってもいいという経済界(日本資本主義)の意向を受けたもので「わが亡き後に洪水よ来たれ」というマルクスの指摘の正しさを証明してしまったのではないか。でもその時は月に移住が始まっているからだいじょうぶとでも言うのだろうか。せいぜい国際社会でひんしゅくをかわないでほしいものだ。(2009/6/11/No.150)

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原爆の後遺症ではないとしりぞけられながらの戦後64年

 舛添厚生労働大臣は、原爆症の認定をめぐり、国の基準に含まれない原告10人を原爆症と認めた先月の東京高等裁判所の判決を受け入れ、最高裁判所に上告しないことを明らかにした(6/9/12:32/NHK HP)。

 日本にアメリカの原爆が落とされたのは1945年(昭和20年)。今年で64年がたつ。この長い年月がたってどうにか解決しそうな状況になってきた。相次ぐ提訴で連敗を喫し、もうこれ以上政府には勝ち目がないという状況になっての末のことだ。

 政府はこれまで原爆症の認定をできるだけ狭い範囲に限定してきた。本音はこういうことにはおカネを使いたくないということからだろう。でも表向きは広い範囲に拡大したらカネ欲しさに自分も原爆症だと騙る人が出てきたりして不公平感が生じるなどの理由をつけてきたのではないか。

 生活保護では仕事をしようともしないで怠けている人が受けている。雇用保険(旧失業保険)では仕事も探さないで怠けている人が受けている。というのが削減の理由になっている。“まっとうに”働いている人達に不公平感を与えないようにと。

 すべては棄民政策によるものではないか。現在の「派遣切り」「期間工切り」もすべてその延長ではないか。湯水のような税金の無駄遣いにはハラを立てながらも慣れっこになる一方で、強きにやさしく弱きに厳しくの日本がそこに存在していないか?(2009/6/9/No.149)

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昔、努力した人が報われる社会へ、今、努力した人が生き残れる社会へ、か

  ここ何年か、淘汰ということばを聞く機会が多かった。最初は努力した人と努力しなかった人が同じように扱われるのはおかしい。努力した人が報われる社会を目指そう。その結果として努力しなかった人は淘汰されますよ、ということだった。

 しかしここ何年かの経緯を見ればこの筋立てはまやかしだったことがわかる。正確には報われた人が努力した人だったと思わされた。

 たとえば崩壊した金融バブルの中で円キャリー取引というのがあった。日本国内の超低金利と円安ドル高を利用した取引。利息のほとんど付かないただ同然の円資金を借りてドル資産に換金する。極端な話、昨日100円を1ドルに換金して今日1ドル110円にドル高(円安)になったところで円に換金し戻せば昨日100円だったものが一夜にして110円になって10円の儲けとなる。

 昔ながらの日本人には努力ということばにはコツコツとということばが結びつく。しかしこの何年かの社会はカネの運用(転がし)しだいで一夜にして“努力”が報われる社会だった。

 アメリカのバブルが崩壊して世の中さま変わった。日本の社会では今、弁当競争というのがあるそうだ。「県内のスーパーで弁当の安売り競争が加速している」「総菜コーナーには200円台が続々と登場」「大手の持ち帰り弁当チェーンも値下げに動いており、スーパーの弁当安売り競争はまだ続きそうだ」(2009/05/13付 西日本新聞朝刊=同HP=google)。

 スーパーなどでは客寄せの目玉商品として安売りをしている所があるようだが、弁当専門店がこの値段でやっていけるのだろうか。ましてやまだまだ競争が続くという。もはやこの業界では努力した人が報われる社会ではない。努力した人がやっと生きていける社会だ。まさに淘汰あるのみの社会だ。そしてその淘汰の具体化として企業防衛、リストラが繰り返される。ほかの業界でもにたりよったりだろう。雇用不安、将来不安、社会不安、生活防衛、安売り願望の連鎖が続く。(2009/6/6/No.148)

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インターネットはテレビに“どんでんがえし”できる日が来るのだろうか!?

 地上デジタル放送開始まであと何年というキャンペーンが最近目につく。

 この地デジについては、まだ使えるテレビを廃棄させて買い換えさせるために家電業界と結託した“陰謀”との説がある。当面買い換える余裕のない身にとってはこの“陰謀”説をとりあえず支持しておくことにする。

 もっとも最近あるテレビ局の報道では、受像機やチューナーの買い換えに対して共同住宅の共同アンテナの工事が遅れているのだという。そうしてみると“陰謀”説もあながち独善と偏見というわけでもないのではないかという気がする。

 テレビの生活に対する影響はいまだに大きい。昔、アメリカのケネディ元大統領が史上最年少で大統領選に勝利した決め手はテレビ討論だったという。それもスーツの色だったという。「ケネディは濃い色のものを、それに対してニクソンは薄い色のものを着ていた。当時のアメリカの一般家庭にあったテレビはモノクロであったから、ケネディは濃いグレーで表示され力強く見え、反対にニクソンは薄いグレーで表示され、たよりなく見えたと言う」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)。

 最近では「ワイドショー内閣」と称された小泉元内閣があるテレビ局の世論調査で90%台の支持率を得るなんて現象があった。

 テレビでは比較的影が薄い日本共産党がインターネットの世界で注目をあびたと報道している(5月30日(土)「しんぶん赤旗」=同党HP)。

 いわく「日本共産党の志位和夫委員長は、二十七日夜、インターネットの動画サイト『ニコニコ動画(ββ)』の『ニコニコ生放送』に出演し」「『延長して~』のたくさんの書き込みに、番組は予定時間の四十五分間を大きく超えて――」「今回の番組の“訪問者”は一万一千人近く、視聴者コメント数は六万を超え、いずれも前回の約二倍に達しました」とのこと。

 思いつくままにブログに記事を書いているが、インターネットに関してはあまり詳しくない。有名な芸能人が出る場合には桁が違う“訪問者”があるのだろうが、政治問題、日本共産党という“おかたい”コーナーでの「“訪問者”は一万一千人近く、視聴者コメント数は六万を超え」というのはどの程度のものなのだろうか。

 テレビというのはたくさんのスタッフによってつくられているが、基本的には投資家と経営者とスポンサーと、ときには有力政治家等の意向を無視できない。それに対してインターネットはそれぞれの人がフリーな立場で発信できるという点が“武器”と言われている(もちろん守るべき最低限のルールはあるわけだが)。

 昨年の麻生内閣の誕生以来衆議院の解散時期がとりざたされてきて、いつのまにか9月10日の任期満了まで3ヶ月と少しになった。テレビは自民党か民主党か、麻生か鳩山かとはやし立てるだろう。おそらく「ワイドショー型」「劇場型」の番組も増えるだろう。そうした中でインターネットが深く“潜航”してテレビに対して“どんでんがえし”ができる日が来るのだろうか。(2009/5/30/No.146)
 

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麻生・鳩山党首討論、価値観の崩壊の前で語ることばもなし、か。

 麻生首相と民主党の鳩山新代表との間で党首討論が行われた(27日)。

 この党首討論について共産党が「西松献金で泥仕合」(5月28日(木)「しんぶん赤旗」=同党HP)と厳しい論評をしている。

 ところがである。厳しい論評をしているのは共産党だけではない。自由経済擁護の旗手?「日経」も「初対決は批判合戦」(5/27/NIKKEI NET)と評している。

 同じく体制擁護の旗手??「読売」も「互いの非突く激論、でも双方『党首力』不安」(2009年5月28日02時33分  読売新聞=HP)と書いている。

 生放送では見ることができなかったのだが、夜のニュースでハイライトシーンみたいなものを見た。同じように批判合戦との印象を持った。

 アメリカのバブル崩壊をきっかけに世界を席巻してきた価値観が揺らいでいる。当のアメリカでは「変革」を唱えるオバマ政権が誕生している。

 多かれ少なかれアメリカ絶対の価値観でやってきた自民党と民主党。今新しい「変革」のビジョンを語る能力のかけらもないということか。せいぜい「『友愛社会』を建設」(鳩山代表)と述べるのが精一杯。従って互いに「敵失」に頼るしかないという討論になるのだろう。近日中にはGMが連邦破産法11条の適用申請をするのではないかと報道されている。アメリカ型価値観の象徴の一つがまた消えていく。(2009/5/28/No.145)

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世襲候補制限ってなんだ?選挙で落としてみたら世論の勝利というものではないか?

 自民党の中で世襲候補の制限が議論されている。いつからこんな議論がされるようになったのだろう。世襲議員に対して世論の批判でもあったのだろうか。なぜか記憶にない。

 かりにそうだとして、世襲候補の制限を実現したら世論の勝利と言えるのだろうか。

 小泉元首相が息子に地盤を譲るということが話題になっているというか問題になっている。

 かりに彼が立候補したらどうなるのだろう。地元では“殿様”だからといって投票する人、父親の小泉元首相にはお世話になったという人、大ファンだったという人たちがこぞって投票するのだろうか。かっこいいといっていわゆる「ミーハー族」も投票するのだろうか。抜群の知名度でほかの候補は知らないという人がとりあえず投票するのだろうか。もしそうだとしたらけっして好ましいことだとは思わない。だから制限?

 でも本当に好ましくないと思うなら、こういう人たちが立候補しても落選させる、そのための論陣をはって世論に影響力を与え、世論もそれに答える、そうなって初めて世論の勝利と言えるのではないか。日本の政治状況を考えるといつのことになるかわからないが。(2009/5/25/No.144)

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新型インフル、再びマスクの話。呼びかけておいてありませんという国とは。

  新型インフルエンザはついに首都圏にも及んできた。川崎市の高校に通学する女子生徒二人。アメリカ帰りだという。

 この事態を受けて交通機関、流通部門の多くで従事者にマスク着用が義務付けられている。そして一般の人たちにも着用を呼びかけている。

 しかしマスクがない。どこの店で聞いてもすでに品切れかすぐに品切れという。次の入荷のメドはたたないようす。今日あたりのニュースでは医療関係者でさえ入手が難しいということだ。今持っている人でもいつまでも同じものをしていてもいいものなのか。

 メーカーはフル操業しているようだ。しかし追いつかない。

 なぜこういう事態を想定して備蓄などの対策を打たなかったのか。

 メーカーは注文が増加することには一定の対応はしても爆発的な注文に備えて自主的に在庫を持つことにはちゅうちょを示すだろう。下火になって大量に売れ残ったら死活問題だ。企業にそれだけの在庫義務を負わせることはできないだろう。だとしたら在庫を持つのはどこか。国民、住民の安全に責任を持つ国、都道府県、市町村しかないだろう。

 欧米ではあまりマスクをしないのだという。しかし日本では着用を呼びかけている。呼びかけておいてありませんではなんとお粗末な対応かと言わざるを得ないのではないか。(2009/5/21/No.142)

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新型インフル、札束リュックに詰めてマスクを買いにか?

 兵庫、大阪を中心に新型インフルエンザが拡大している。今日あたりのニュースを見ると繁華街なんかも閑散としているようだ。東京ではまだニュースになるような発症はないようだが今日あたり、店先ではすでにマスクが品切れ続出でほとんど手に入らないようだ。

 昔、1945年(昭和20年)の終戦とともに日本の社会は食料難におちいった。都市部の住民は農村に食料の買出しに走ったそうだ。中にはリュックサックに札束を詰めて買出しにいった人もいるという話を聞いたことがある。札束の山より腹に入る食料の方がとてつもない価値のあった時代だ。

 今の時代、札束があれば何でもかなえられるような気がする。夢のような生活もできるような気がする。

 しかしこの先秋以降の本格的シーズンに入って全国的に感染が拡大し、なおかつ弱毒性から強毒性に転化するようなことがあって死亡者も出るということになったらどういうことになるのだろう。個人個人の生命、健康不安はもとより企業活動に脅威を感じた企業がカネにいとめをつけずに健康対策なんてことになるかもしれない。

 人間にとってなにが一番大事なのかの価値観が大きく変わって、感染が下火になればまたもとの札束第一の価値観に戻る。人間社会はいつまでたってもその繰り返しということなのだろうか(2009/5/19/No.141)

 

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鴻池前官房副長官入院。医師不足であっても地獄の沙汰も金次第ということか。

 広がりをみせる新型インフルエンザ、日本では高温多湿期に向かう間に秋以降の本格流行期に備える準備が必要と指摘されている。

 しかし現状は心もとないようだ。「新型インフルエンザに感染した疑いのある人が、ほかの患者と接触せずに受診することができる『発熱外来』について」のNHKの調査では、その設置が1日正午の時点で、現在明らかになっている計画全体の33%にとどまっているのだという(5/2/ 6:35/NHK HP) 。準備が進まない理由として▽「医師不足」が30%で最も多く、次いで、▽「感染者を受け入れるだけの設備がない」が21%(複数回答)などがあげられてる(NHK 前同)。

 医師不足が理由のトップということは今後急速に改善される見込みはないということではないか。

 そうした中で官房副長官だった鴻池祥肇氏(68)が都内の病院に入院して13日午前、健康上の理由で辞任した。「週刊誌が国会議員に支給されるJRの無料パスを使い、知人女性と熱海にゴルフ旅行に出かけた記事を掲載」した日だという(5/13/NIKKEI NET)。この前官房副長官、「以前も同じ女性に参院議員宿舎のカードキーを貸与した」(NIKKEI前同)前歴の持ち主だ。またかとあってはマスコミが殺到し、本人の責任とともにこんな人物を内閣の要職にすえた麻生首相の責任もおおいに追及され引責辞任に追い込まれた可能性が高い。そこで入院?

 人の健康の問題だから軽々しいことは言えないが、官房長官からは辞任の原因となった病名についての発表はないようだ。また麻生首相は「『やむを得ない。健康まで任命責任になるのか分かりかねる』と述べ、自らの任命責任を否定した」(5/13/NIKKEI NET)ということ、さらに河村官房長官が14日午前の記者会見で、「健康問題が理由である以上、鴻池氏の直属の上司にあたるみずからの責任が大きい」(5/14/13:22/NHK HP)と麻生首相の任命責任を回避する発言をしたことなどから 世間の常識的な考え方からすれば引責辞任を回避するために健康上の理由をつくり上げるために入院したということではないか。

 この前官房副長官、当然人目を避けなければならない。今ごろはホテル並みの設備を持つ特別室に入院しているのだろうか。間違っても相部屋ということはないだろう。 

 今、新型インフルエンザの本格的広がり、強毒性化転移の危険性が指摘される中で医師不足だという。 

 なぜ医師不足なのか?日本では自公政権によって医療がコストと見なされている。コストは低ければ低いほど良い。カネ食い虫のお客(患者)には来て欲しくない。でも特別室に泊まっておカネをたくさん落としてくれるお客(患者)にはたくさん来て欲しい。 

 国民の命にかかわる病院さえもがそういう企業の論理に席巻されている。その危険性が一部では指摘されている。しかしその認識が国民全体の認識となるまでには時間がかかる。その時にはもう大変な事態になっているかもしれない。(2009/5/14/No.139)

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「三越」鹿児島店の閉店は衰退ニッポンへの一里塚ではないか?

半世紀の歴史を数えた「三越」の池袋店とともに鹿児島店が閉店した。「売り上げ低迷に加え、店舗の老朽化から撤退を決めた」(5/6/NIKKEI NET)のだという。

 「老朽化」はともかくとして「売上低迷」の原因はなんだろう。一般的には郊外の大型商業施設や若者の百貨店離れなどが指摘されている。

 「三越」鹿児島店の閉店に関しては地元駅前商店街が死活問題として危機感を強めているのだという。客足のとだえた商店街ではシャッターを閉めた商店が急増しているという。

 北海道の丸井今井室蘭店の閉店でも同じ問題が起きているのだという。その昔は客を取られると進出反対の署名運動をした地元駅前商店街が存続の署名運動をしているのだという。

 両方とも老舗百貨店の閉店でなぜ商店街の客足が途絶えるのか?

 商店街にはないものがあるから。ここでしか買えない物があるからなのだという。

 両方の老舗百貨店は大都会へ接近する窓口なのだ。そこには田舎ではない都会がある。それがなくなったらわざわざ駅前商店街まで行く必要はないというわけだ。

 郊外の大型商業施設にはそれなりの経済効果が指摘されている。安くて豊富な品揃え。牛乳1本だけ買いに行く人はいないだろうから当然車で大量まとめ買いをする。車、ガソリン、に加え大型冷蔵庫の普及にも貢献する等々。

 しかし大型商業施設は省力化を中心とした効率化が生命。駅前中心街の衰退で失われた雇用を吸収するだけの効果はないだろう。雇用なき消費社会。

 そうした中で地元活性化のために高速道路を通し、新幹線を延長しても便利な都会へ出て行く効果の方が高いのではないか。

 若者は都会へ。残るは高齢者だけ。そうした構図が広がる地方の拡大は経済大国を誇った日本の衰退を招く一里塚となっていくのではないだろうか。(2009/5/10/No.137)

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サブプライム、新型インフル、みずから広げた格差に資本主義が脅かされようとてしている

 メキシコで豚インフルから変異した新型インフル、世界保健機関(WHO)は4月29日夜(日本時間30日朝)、世界の警戒水準(フェーズ)を1段階上の「5」(2カ国以上で人から人への感染が拡大)に引き上げ、世界的大流行(パンデミック)が差し迫っていることを宣言した(4/30/NIKKEI NET)。

 日本人初めての感染かと心配された 米ロサンゼルスから帰国した女性(25)と横浜市の男子高校生(17)は新型インフルではないと判定された(4/30/・/5/1/NIKKEI NET)。疑われて大々的に報道された当人の今後の生活にどう影響するのかを気にしながらもとりあえずは良かったというところだ。

 メキシコでどうして発生したのか、どうして死者が圧倒的に多いのかは今のところ定かではない。 しかし鳥インフルの場合もそうだが、一般的には新興国、発展途上国で広まることが多い。経済的水準、医療的水準、医療的環境等が影響していることは明らかだろう。

 メキシコとは小泉元内閣の時代に、日本からは車や電機機器を輸出し。メキシコからは農産物を輸入するという協定ができたそうだ。車や電機機器が豊富になって豊かな国になったようだが、新型インフルの広がりに強いという豊かさにはつながらなかったようだ。

 発生地のメキシコでは、海外からの旅行が中止されたりイベントなどが中止されたり、とにかく人が集まること、往来することが自粛されているので経済活動にも影響が出ているようだ。

 メキシコについで二番目に死者が確認されたアメリカ、世界一の経済大国ではあるが、日本のように公的皆保険制度がないそうだ。富裕層は民間保険でカバーされているようだが無保険の人たちがかなり多いという。病気を自覚しても医者に行かないという環境が新型インフルの広がりを助長するかもしれない。そのことは公的皆保険に加入できない人が増えているといわれる日本でも同じことが言えるのではないか。

 格差が新型インフルを発生させるという証明はない。しかしその広がりを助長することは間違いないだろう。

 少し前、格差の広がりを当然視する資本主義が謳歌していた。格差の広がりが経済発展の原動力となると公言してはばからない人々がいた。しかしその資本主義は所得のあまり高くない人々へのローンで危機にひんしている。そしてその克服がなされない時点で、所得水準があまり高くない国や地域で世界を震撼させる病気が広がっている。

 格差の広がりを当然視した資本主義がその格差に経済活動を脅かされようとしている。セーフティネットということばがある。格差を広げておいて援助等で救済するというこの社会に将来性、未来性があるのか。時代は格差そのものを縮めていく社会とはどういう社会なのかを追求せざるを得なくなっていくのではないか。(2009/5/1/No.135)

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「時刻表」1000号に思う

 大手旅行会社JTB系の「時刻表」が、大正14年に創刊されて以来、20日発行の5月号で、通算1000号を迎えたとのこと(4/20/21:15/NHK HP)。

 実は若いころからこの「時刻表」マニアだった。東京・世田谷区の35歳の男性が「『時刻表は、これを使って計画を立てるのが楽しくて、実際に旅に出られなくても、自宅で旅行を楽しめる感じがします』」(NHK HP 前同)と語っていたとのことだが要するにそういうことなのだ。

 とくに、限られた日数の休日を利用して、いかに多くの地をいかに時間的余裕を持って旅をするか、いかに快適に、いかに安くという矛盾を解決するのが楽しみだった。

 自動車で行けば渋滞に巻き込まれた場合、ただイライラしながら待つしかないのだが、鉄道旅行の場合、乗り換えの待ち時間も有効な探索時間として利用する。食事は駅弁にするか降りてするか。駅弁の場合はどこの駅にするかと。

 しかし最近は夜行列車の多くが廃止され、各駅停車の列車がズタズタにこま切れにされたうえ、本数も大幅に減らされたのでこの楽しみもつくりにくくなった。

 今やインターネットの時代である。「昭和61年には、1か月の発行部数が200万部に達し」ていたのが「今では15万部ほどにとどまってい」るとのこと(NHK HP 前同)。

 列車の発車時刻等を確認するだけならインターネットの方が便利なのだろうけど、楽しみとして利用するなら今でも「時刻表」の方が早いという気がする。

 いま、地球温暖化問題のからみで高速鉄道が見直されているのだという。しかし“古きよき”時代の鉄道はもう戻らないだろう。「時刻表」もこの先何号まで号数を延ばせるか。時代の流れではあるが、時代の流れと肯定するばかりが能ではないだろうと思ったりもするのだがそれはムリ筋というものか(2009/4/20/No,134)。

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イチロー選手快挙に思う。継続は誰にでも力をもたらすか?

 イチロー選手が日米通算3086安打を記録し、張本勲さんの持つプロ野球通算最多安打記録の「3085本」を上回った(4/17/17:17/NHK HP)。

 1991年、ドラフト4位で気をもんだ末?のプロ野球入団だった。その才能を認められるのは入団3年後のことだという (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)。

 そういえば甲子園の優勝投手として巨人に入団した王選手(当時)も打者に転向して頭角を現すようになったのがやはり入団3年後ぐらいだったようだ。石の上にも3年というが、とりあえずはこのぐらいは続けなければ話にならないということだろう。

 一郎選手は「振り子打法」、王選手(当時)は「一本足打法」と独自の打法をあみ出した。そこには良き指導者との出会いがあった。この出会い、本人に光るものがあったから呼び寄せたものか、運命的な幸運か、凡人には知るよしもない。以来営々とした努力で偉大な記録を樹立した。

 名前は忘れたが日本人の宇宙飛行士が子どもたちを相手に、夢を持ち続けてこつこつ努力すれば必ず夢はかなうと話していたことがあった。

 子ども相手の話ではあるが、夢をかなえた人たちは多くの人がこのように言う。継続は力なり、と言う。夢らしきものをかなえた記憶のないものにはにわかには信じがたい話だ。

 スポーツの話から一転して政治・経済の話になるが、若いころに聞いた話だから真偽のほどは定かではないが、若い時にマルクスにかかわらなかったものはダメだ。でも30歳を過ぎてマルクスにかかわっているものもこれもダメだ、と言った人がいるのだという。くどいようだが真偽のほどは定かでない。でもユーミンの「いちご白書をもう一度」の中に「就職が決まって、長い髪を切ったとき、もう若くはないと君にいいわけしたね」というくだりがある。

 時おりしもマルクスブームだという。人生の50年・60年、あるいは70年・80年をマルクス一筋に歩んできた人たちの“夢”がかなう日がくるのだろうか。(2009/4/18/No.133)
 

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自転車3人乗り容認へ、でもその前にもう少し安全対策が必要ではないかという気がするのだが。

 自転車の前後に幼い子どもを乗せる「3人乗り」について、早ければことし7月にも認められる見通しとのこと(4/9/11:48/NHK HP) 。

 社会的にそういう必要性があって要求もあるのなら必要な措置だろうと思う。

 しかし女性の自転車のりにはその前にもう少しすることがあるような気がする。乗る側の安全に対する意識だ。

 特に女性と指摘するのは男性に比べてまだまだ車を運転する機会が少ないため、相手の立場になれる人が少ないと考えられるからだ。

 狭い路地から広い通りに出るのにブレーキをかけるでもなく左右を確認するでもなく平気で出てくる人をよく見かける。車の音が聞こえないからいいと思っているのか相手が注意するのがあたりまえと思っているのか。優先道路ということばを聞いたことがない人も多いのかも。

 車を運転していて進路を変更する場合、バックミラーで後方を確認するのは常識だ。自転車だってちょっと後ろを確認するぐらいの動作があってもいいのではないだろうか。後ろからなにが来ていようと平気で曲がる人もよく見かける。いずれも女性に限ったことではないのだが。

 今は弱者保護の時代だ。交通安全でより多くの義務と責任を持つ者がそのことを自覚するのは当然だ。しかし事故がおきて悲しい思いをするのは強者ではなく弱者だ。一人一人が基本的な注意を払うことは重要ではないか。自転車3人乗りには小さな子の前途がかかっているのだから。(2009/4/10/No.130)

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オバマ米政権にとっては、やはりつけたしニッポンなのではないのか?

 「オバマ米大統領、09年後半にも訪日の方針」(4/2/NIKKEINET)との見出しの記事が目を引いた。

 しかしこの記事、よくよく読んでみると、金融サミットでロンドンを訪問中のオバマ大統領が、中国の胡錦濤国家主席と会談し、今年後半に中国を訪問することで合意し、その途中で日本を訪問するというもの。

 この点について河村官房長官は「『以前から話が出ていた』と述べ」たとのこと(4/2/12:13/NHK HP)。

「以前から話が出ていた」がそれが煮詰まるところまでいかなかったのは米政権が中国訪問が実現するのを待っていたということではないのか。
 
 オバマ政権の国務長官に就任したヒラリー・クリントン氏はその就任前にこれからのアメリカのアジア外交にとって最も重要なのは中国だという趣旨の論文を発表していたという。

 そのことに日本国内で動揺が広がっていると見るや就任後最初の訪問国に日本を選ぶという“演出”をやって見せ、日本国内を喜ばせた。

 オバマ政権発足後の日米首脳会談は、麻生首相が訪米してすでに1回やっている。オバマ大統領の議会演説前のあわただしい時間だったと記憶している。アメリカ国内ではほとんど注目をあびなかったとの報道があったと記憶している。

 すでに1回やっているからということだろうか。世界の注目が集まる今回の金融サミットの場では個別の日米首脳会談は行われないようだ。

 中国は今や世界一の外貨保有国。今年になって少し減ったらしいが08年末で約1兆9300億ドルになるという(3/21/NIKKEI NET)。

 この外貨保有をめぐって最近波紋が起きている。中国人民銀行(中央銀行)の総裁が「ドルを基軸通貨とする現在の国際通貨体制の限界を指摘する論文を公表した」のだそうだ(3/23/NIKKEI NET)。

 今や「100年に1度の金融危機」。ドルが急落すれば保有外貨の価値が急激に減ることになる。かといってリスク回避のために売りに出せばそれもまたドル急落の引き金になる。どちらにしても“危ない橋”ということで新しい基軸通貨の創設を求めているということだろう。

 今回の金融サミットでこのことが話題になるかどうかは不明だが、「稼いだ外貨の多くを米国債などドル資産で運用してきた」中国に対して「米国債を買い続けるよう求めている」のが今の米中関係だという(3/21/NIKKEI NET)。

 一方、中国についで世界第2位の外貨保有国である日本はすでに麻生首相がドルの機軸通貨体制を堅持していくと表明している。どこまでもアメリカを支えていくのが日本の国益というわけだ。オバマ政権にとってまさに“安全パイ”の日本ということではないのか。

 国と国との関係に限らず職場内の関係などでも、なんでもかんでもいうこと聞いて忠誠をつくすことが自分を守る道、自分の力をつける道と心得ている人がいたりするが、相手は必ずしも重きを置いているとは限らない。対立はするけれど一目を置かれるような関係のほうが結局自分を守る道と言えたりするのではないか。いずれにしてもオバマ政権のアジア外交は実際には中国中心で行くことは間違いないのではないだろうか(2009/4/2/No.127)

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千葉県、元タレント候補の当選と公約破り市長の“追放”と

 千葉県知事選挙で森田健作氏が当選した(3/30/5:17/NHK HP)。西松建設の献金問題が影響したとの観測もあるようだがその知名度を上げる声が多いようだ。
 
 森田健作氏といえばその昔、青春もの、根性もののテレビドラマや映画で人気をはくした人だ。昔のこととはいえいまだ知名度は抜群だろう。

 「そのまんま東」の東国原宮崎県知事、「行列のできる・・」の大阪橋下府知事と、タレント候補がすべてだめだとは言わないが、新人どうしの選挙戦で知名度という点でスタートラインのかなり前からスタートするというハンディキャップを貰っていることは否定のできない事実。おまけに選挙戦中もメディアの注目が集まるからいっそうの追い風が吹く。

 同じ千葉県の銚子市で市長に対する解職請求(リコール)の投票が行われ、解職賛成が過半数を占め市長が失職することになった(3/29/23:58/NHK HP)。

 市長が選挙戦での病院存続の公約を破って市立病院の診療休止を決めたことが原因のようだ。

 失職することになった市長は「今後は支持者と話し合い、対応を決めたい」(NHK 前同)とのことようだが、再び立候補した場合は、選挙戦の争点は市民病院問題に限らず景気対策などもあったりするだろうから当選することもあるかもしれない。

 しかし少なくとも解職請求(リコール)が成立したということは私立病院診療存続という政治的要求が有権者に強く意識された結果だろう。

 タレント候補の当選にはそのような強く意識された選択というものがあったのだろうかと思う。選挙戦で森田健作候補は「『千葉の特産品や観光資源を全国にPRするなどして、地域の経済を活性化させたい』と訴え」たそうだ(3/30/5:17/NHK HP)。宮崎県の東国原知事を意識しての訴えだろうか。知名度のある人だから地元の宣伝をするにはうってつけとの期待が票になったのだろうか。しかしころ論で行けば有名タレントがこの訴えを展開すればのきなみ当選ということになる。

 一方で強い政治的要求を意識している人たちに対して知名度のあまり高くない候補の訴えが届く報道があったのかとも思う。

 いずれにしてもテレビ、映画に報酬をもらって出演したことがそのまま選挙でも大いに役に立ち当選していくタレント候補の存在は個人的にはどうにも納得できない。(2009/3/30/No.126)

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小沢代表秘書起訴。真相の徹底解明までいかなかったということはやはり“陰謀”がらみということか。

 小沢民主党代表の秘書が起訴された(3/24/17:21/NHK HP)。なんとも不可解なできごとだと思う。

 起訴の容疑は「実際には西松建設から・・献金を受けたのに、OBの政治団体からの寄付だと収支報告書にうその記載をした」という政治資金規正法違反容疑(NHK 前同)。

 これがなぜ不可解かと言うと、なんでそうする必要があったのか?なぜ「西松建設」を隠す必要があったのかという解明がないからだ。

 東京地検特捜部は、「小沢代表側への献金は、多額の税金が使われる公共工事の受注が目的」で「秘書も十分認識していた」としている(NHK 前同)。だとしたらそれで小沢代表側がどう動いたのか、受注の手助けをしたのか?が解明されなければいけないはずだ。それでなければ意味がないとは言わないが何のための捜査か?ということになってしまう。
 
 これでは納得がいかない。東京地検も納得されていないということを十分意識しているからだろうか、虚偽記載というのは「重大・悪質な事案」だと「異例の説明」をしたのだそうだ(3/24/19:8/NHK HP)。

 しかしこれでは初めから徹底解明などする気がなかったかあるいは途中でやめたかとの疑念を持たざるをえない。初めから徹底解明する気がなかったのだとしたらそれこそ総選挙で自民党の敗北、政権交代確実と言われる情勢の中で民主党に打撃を与え、自民党を助けるための “陰謀”だったということになってしまう。

 一方途中でやめたとしたのならそれは自民党に飛び火するのを恐れたからということになる。現職の閣僚である二階俊博経済産業相の問題だ。小沢氏への捜査が進めば当然、野党や報道機関による二階氏側の調査も進められいろいろと出てくることになるのを恐れての幕引きだとしたらそれも“陰謀”だということになってしまう。

 結局小沢代表は“この程度の問題”しか出てこないということで続投を表明した。

 この事件は検察の独立性を疑わさせるような事件となったことだけは間違いない。しかし真実をはっきりと説明しようとしない小沢代表とそれを容認する民主党に“陰謀”という資格はない。(2009/3/26/No.125)

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WBC、 日韓アジアどうしの対決になったことに思う

 WBC決勝戦で日本が韓国を破り2連覇を達成した。全体を通じて感じることは野球というのは投手がしっかりしているとやはり強いということだ。微妙なコントロールが身上の日本投手、強力打線と言われたアメリカ、キューバ、韓国を押さえての勝利、その真価をいかんなく発揮した。その踏ん張りがあったからこそ打線も奮起したということだろう。

 それにしても日本、韓国というアジア勢どうしの決勝戦。日本選手について言えば、イチローが松坂が、その他の選手が大リーグに乗り込んで大きな活躍をしている。その姿を見てものおじしない大きな自信を持ってきたということではないだろうか。おそらく韓国選手も同じことなのだと思う。

 幕末「黒船」以来の欧米“恐怖症”、その唯一の克服法は広く世界に出て、一つ一つの力を付け、自信を深めていくことしかないだろう。

 「虎の威を借るきつね」ということばがある。少なくとも政治経済面では“アメリカの威を借る日本”とことばを置き換えることができるのではないだろうか。

 今後この分野においても日本の若い人たちが広く世界に出て、世界の人たちとおおいに交わりながらその中で力を付け自信を深めていってほしいと思う。そういうことを応援できる政治の実現を願うばかりだ。(2009/3/24/No.124)

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米AIGの巨額ボーナス“事件”は金融大企業にとってオバマ政権の「変革」などどこ吹く風ということだ。

 アメリカがAIGの幹部社員に対する巨額ボーナス“事件”で揺れている。なにしろ総額で17兆円もの公的資金の援助を受けて経営再建中だというのに「幹部社員に」「最高・・6億3000万円」「上位10人の総額はおよそ41億円に上るという」ボーナスを支給したというのだ(3/18/6:44/NHK HP)。国民の少なくない反発を受けながらも「大き過ぎてつぶせない」として巨額の公的資金をつぎ込んできたオバマ政権や議会は立場がないだろう。

 AIGがなぜこんなことをしたのか?人材流出を防ぐためだという。人材?そもそもその人材とは何なのか?「新自由主義」と呼ばれた資本主義を体現し、その“能力”におぼれてさまざまな金融商品を開発して結果「100年に1度の金融危機=経済危機」を引き起こした連中ではないか。今世界中がどれくらいの被害を受けていることか。そしてAIG自身も巨大な損失を受けた。その元凶たる“人材”をなぜ巨額のボーナスを払ってまで確保しておかなければならないのだろう。

 それは巨額の税金で救済してもらったらまた元のAIGに戻るということだろう。そこには新しく生まれ変わったAIGの姿などない。 そのことは別の場所でも同じことが起きようとしていることでもわかる。同じく米政府管理下にある住宅公社の米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)。AP通信によると、「4人の幹部に対し少なくとも100万ドル」が支給されるのだという(3/19/NIKKEI NET)。こちらも支給の理由は人材流出を防ぐため。

 さらに米シティ、最高経営責任者(CEO)が「公的資金を受け入れた金融機関のボーナス支給に高率の税金を課す法案に反対する意向を明らかにした」のだという(3/21/NIKKEI NET)。その理由は「『特別な税金を課して優秀な人材を失えば、金融システムを安定させ、景気を回復させるこれまでの努力が大きく後退する』」というもの(NIKKEI 前同)。

 これらの人物はこの期に及んでもまだ自分たちは優秀な人材だと信じているのであり、どんなに税金をつぎ込んでも守られる存在だと信じている。そして経営側も公的資金を湯水のようにつぎ込んで経営が再建されればまた昔のような企業活動ができるわけだからその時のためにも“人材”を確保しておくことが必要だというわけだ。
 
 「変革」を合いことばに登場したオバマ政権、登場前と登場後では何かが変わっていなければならない。国民の期待の大きさを考えれば大きく変わっていなければならない。

 しかし金融システムをなんとしても守る。大き過ぎてつぶせないという政策の中から出てきたこのAIGボーナス“事件”に見えるアメリカの金融大企業は「変革」などどこ吹く風でその復活を虎視眈々とねらっている。オバマ政権、巨額ボーナスを取り返した、では済まないだろう。(2009/3/22/No.123)

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「暑さ寒さも彼岸まで」。麻生首相の命運も彼岸まで。あと188日のカウントダウンだ。

 今日は「春分の日」。春の彼岸の中日だ。昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言う。一日一日は例外的な日もあるだろうが基本的には過ごしやすい日々が続く。そして夏。今年も暑い日々が続くのだろうかと思う。そして9月の彼岸。今年は9月23日。そのころには自然現象としての暑い夏も終わり、日本の政治の世界でも当面の暑い夏が終わっている。

 連立与党を形成する公明党が重視する東京都議会選挙も終わっている。そして衆議院選挙も終わっている。

 麻生首相はどうやら当面の解散総選挙はやらないようだ。というよりはできないようだ。やたらと「追加経済対策」優先を唱えている。そのために09年度の補正予算案を成立させるのだという。

 09年度の本予算は4月1日に発効する。その本予算が発効する前から補正予算だという。やたらと国会審議事項をつくったり外交日程を入れたりで解散して政治空白をつくっている場合ではないというその言い分の中に総理大臣に居座っていたい、という思惑が露骨に見える。どうやらしばらくは“過ごしやすい日々”が続くようだ。

 しかし時間を稼げば活路も見出せるかもしれないというその期待は期待どおりにいくだろうか。

 国際通貨基金(IMF)が「2009年の日本の実質成長率はマイナス5.8%と、今年1月の見通し(マイナス2.6%)から一段と」下方修正した(3/19/NIKKEI NET)。“頼り”の「米国、ユーロ圏の成長率も1月見通しのマイナス1.6%、マイナス2.0%から、それぞれマイナス2.6%、マイナス3.2%に下方修正した」(NIKKEI 前同)。日本はマイナス幅が倍増した。しかも米国、ユーロ圏と比較してもその落ち込み幅が突出している。

 ここへ来て円高が進行してきた。「米連邦準備理事会(FRB)が・・29兆円規模の米長期国債の買い取りを決めた」ため「日米の長期金利差が急速に縮小した」ためだという(3/20/NIKKEI NET)。アメリカの長期金利下げには住宅ローンの利下げや設備投資資金の利下げが念頭にあるというから一時的なものではないだろう。今後円高進行が続けば日本の輸出産業がまたぞろ手前がってな要求を強めてくるだろう。

 そうした中で与党が「雇用対策」をまとめた。総額1.6兆円で「職業訓練期間中に月10万円程度を支給する制度を創設」などが目玉だという(3/19/NIKKEI NET)。

  しかしこんなものが「雇用対策」になるとは思えない。3月末の年度末には大量の非正規切りが心配されている。すでに正社員のリストラも始まっている。しかし大企業の中にはもう倒れそうだからというギリギリの情勢からではなく、利益水準を落とさない、維持するという目的で人減らしが行われてるところが少なくない。企業の考え一つで容易に首切りが行える体制が温存されているのだ。

 企業の考え一つで容易に首切りができるということは次から次へと失業者が輩出されるということだ。そうした中で職業訓練がなされ10万円とはいえ生活保障もされるということはないよりはましだろう。しかし職業訓練をすれば必ず次の就職先が見つかるのだろうか。

 企業が人減らしの衝動を強め、再就職の希望者も増えて競争も激しいということになったらいくら職業訓練をつんでも再就職先はなかなか見つからないというのが現実ではないだろうか。  

 小沢民主党代表の企業団体献金は全面禁止しちゃえ発言も波紋を広げそうだ。総選挙で政権交代目前と目論んでいたところで自分の秘書だけが逮捕されたということへの意趣返しなのかやけくそなのか、影響は自民党の方が甚大だろうという読みなのか、それとも昔のことはさておいてこれからのことを考えようというすりかえ論なのか、理由はともあれ党首として言ってしまった以上引っ込みはつかないだろう。政治とカネの問題にうんざりしている国民の側からは歓迎の声が上がるだろう。総選挙が半年以内にせまった今、自民党は完全にうやむやにできるかどうか。

 こうして見てくると麻生首相の時間稼ぎで情勢が好転するという保障はまったくない。むしろいつまでしがみついているんだという不満がいっそう充満してくるかもしれない。

 「暑さ寒さも彼岸まで」、今日を入れてあと188日。いくら先延ばししたくてもどうしてもできない瞬間が一日ごとに近づいてくる。(2009/3/20/No.122)

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「富士」「はやぶさ」 廃止。「夢の超特急」は旅をより思い出多きものにしたか?

 寝台特急「富士」「はやぶさ」が13日の発車分を最後に廃止されることになった(3/13/NIKKEI NET)。これで東京駅を発着する「ブルートレイン」はすべてなくなったそうだ。
 
 昔は特急列車に限らず急行でも各駅停車でも夜行列車というのがたくさんあった。 曜日の違う業種を除けば休日は日曜と祝祭日だけという時代だった。その後銀行などで隔週土曜休日が始まった。

 夜行列車は少ない休日を有効に使えるという列車だった。寝ているうちに目的地に着ける。

 時には有効すぎるということもあった。近場の目的地だと始発のバスの発車時刻よりずっと前に着いてしまう。

 そういう場合はただ待つしかないのだが、見上げた夜空に星がこんなにあったんだと感激したこともあった。都会ではスモッグということばが生まれていた。

 時には駅前にぼんやりと光る赤いちょうちんにめぐり合ったこともある。夜行列車から降り立つ客を目当てに商売しているのだろうか、夜明け前のラーメンがやたらとうまっかったという記憶がある。

 最終目的地にちょうどいい時間に着くという列車も途中駅で時間調整をしていくことがあった。1時間も2時間も。すやすや寝ている人はいい。寝つきの悪い者には長い時間だ。そんなときに反対方向のホームに入ってきた列車が鳴らす闇夜の汽笛にぼんやりと聞きいていたとい記憶もある。なぜか夜行列車にはそういう記憶ばかりがある。

 1964年、東海道新幹線が開通した。「夢の超特急」一番列車をヘリコプターが追いかけテレビ中継した。食い入るように見ていた。いつか乗ってみたいと思った。

 その後何回か乗った。しかし列車そのものにはいつまでも残っているとい記憶はない。

 「知らない街を歩いてみたい」という歌がある。しかし今はどうだろう。テレビでは頻繁に旅番組がある。インターネットでも詳しく情報が集められる。そういうもので情報をきちんと集めて今では“知ってる街を確認してみたい”というところだろうか。

 「知らない街を歩いてみたい」、という願望の中には想像が膨らんでいくという楽しさがあるのではないだろうか。夜中の夜行列車、寝付けぬ時間の長さがこれから始まる旅の想像をかきたてた。

 「夢の超特急」であっという間に着く旅、快適ではあるがはたして旅をより思い出多きものにしているのだろうかとも思う。(2009/3/15/No.121)

 

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日本は自国通貨、円高を喜べる国にはなれないのだろうか?

 12日の東京外国為替市場で一時、1ドル=95円台後半を付けた(3/12/NIKKEI NET)。円高の進行だ。

 この影響は東京株式市場にも及んだ。「外国為替市場で円高・ドル安が進んだことがトヨタやソニーといった輸出関連株の重しになっ」たこともあり「東証株価指数(TOPIX)は10日以来、2日ぶりにバブル経済崩壊後の安値を更新。1983年12月14日以来、約25年3カ月ぶりの安値水準に落ち込んだ」(3/12/NIKKEI NET)。

 普通自国通貨が高いということは国力の高さを示して喜ばしいはずだ。アメリカは常に強いドルがアメリカの政策と強調してきた。世界の基軸通貨を維持するためには強いドルが必要だ。アメリカに投資を呼び込むためにも強いドルは必要だ。グローバル社会のもとで企業が海外展開するためにも強いドルは必要だ。強いアメリカの象徴である米軍の世界展開にも強いドルは必要だ。いずれも弱いドルなど考えられない。

 一方で中国に対しては人民元の切り上げを求めている。中国からの輸入品がアメリカ国内に氾濫して自国産業が被害を受ける。輸出がしずらく同じく国内産業が被害を受けるからだ。

 しかしそれでもアメリカは強いドルを選ぶ。経済的な側面を考慮しながらも世界に政治的な影響力を及ぼし続けるためには強いドルが必要だということだろう。

 そう考えてくると日本という国は自国通貨での政治的影響力など必要はないということだ。それはドルという通貨を通じて行使する。そういうことだろう。とにかく資源のない国だから海外から資源を買うためには輸出を強めて外貨を稼ぐしかない。それが日本の論理だ。しかしその輸出先が大変なことになっていてそのための株価低迷だ。それでも円安が進むことを期待する。それが日本経済再生にとって一番手っ取り早い方法だからという論理。強い自国通貨を喜べる日は日本には永久に来ないということか。(2009/3/12/No.120)

 

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小沢代表は政界を引退すべき!もはや“裏の世界”を牛耳る人物の出る幕ではない

 民主党小沢代表の秘書が逮捕された事件に関する小沢代表の説明に対して納得できないという人が多数を占めている。

 NHKの世論調査では「大いに」「ある程度納得できる」の合計が26%であるのに対して「あまり」「まったく納得できない」の合計が68%を占めている(3/9/19:23/NHK HP)。

 そもそも小沢代表の説明とは、西松建設による企業献金とは知らなかった。知っていれば政党支部で受けていれば何事も起きなかったというもの。    

 この説明について民放の討論番組で共産党の小池晃議員が「西松建設(の献金)と知られなければ(出す側に)献金するメリットがない」と発言している(3/9付「しんぶん赤旗」=共産党HP)。

 言われてみればそのとおりだろう。篤志家などではなく営利企業たる西松建設が別名で名前を知られなくてもいいという思いで政治献金をするなんて考えられない。

 小沢代表はもともとは保守本流にいた人だが今は野党党首だ。自民党の有力者をさしおいて政府省庁に影響力が及ぶとは思えない。だとしたらどこに?それは地元だろう。岩手県のドンだ。今日あたりになって「小沢代表の秘書にダムの建設など大型の公共工事が受注できるよう依頼していた疑いがある」などという報道も出てきた(3/10/19/3/NHK HP)。

 そもそも政治資金規正法で認められている政党支部で献金を受けなかったのは西松建設からの献金が突出しているのがバレるからとの観測もある。

 世界と日本は相変わらず「カジノ資本主義」の後遺症に苦しんでいる。東京株式市場の日経平均株価は二日続けてバブル崩壊後の最安値を更新した。別に株価が下がったからといって直接なんの影響もないのだが、3月末の年度末には株式評価を各企業が求められることになる。さらに将来不安、社会不安が増大してくることになるだろう。

 今日本に求められるのはこうした将来不安、社会不安を解消できる政策的方向を打ち出し、国民の信頼を集められる政治家ではないか。

 どこをどうつついたら献金が出てくるか、“裏の世界”を牛耳るような人物が総理大臣に就任するような時代状況ではない。(2009/3/10/No.119)

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小沢代表ガンバル!?自分たちの政治勢力を持つということは

 民主党の小沢代表が秘書逮捕に関して民主党代表を辞める考えのないことを表明した。企業献金は政党支部で受けていれば何の問題も起きず、企業献金とは知らなかったから資金管理団体で受けたというのがその弁。

 西松建設からの献金は小沢代表がと出しているのだという。それはなぜなのだろうと思う。小沢代表はもとは保守本流にいた人だが今は野党党首だ。

  はるか昔、ヨーロッパで革命が起きた。新興勢力であった資本家階級が中世王族・貴族の政治体制では自由な活動ができないと新しい政治体制を求めた。身分にかかわりなく、という点で自由主義革命とも言われた。

 企業献金とは基本的には資本主義の体制を維持することを目的に行われたいるのだろう。日本では企業献金を受け取る政党に属する議員数が圧倒的に多い。資本主義の波及効果が社会を向上させると信じているからでもあるのだろう。基本的にはそれで今の社会が維持されているといえるだろう。

 みずからの政治勢力を持つために物心両面で支える。そのことが顕著に行われたいるのが“地元”ではないか。“おらが村”に強力な“先生”を持つことが地元の発展に大きく貢献する、と。

  しかし今、「資本主義の限界」が取りざたされている。自由な経済活動をしたいがために「小さな政府」を求めた社会がいきづまった以上政治の役割がますます大きくなるだろう。さまざまな政治勢力が登場してくるかもしれない。政治の役割が高まれば高まるほどそれらの政治勢力が誰を代表し、だれに支えられている政治勢力なのかが大きく問われるし大きな選択肢となっていくだろう。たとえば「派遣切り」。企業から献金を受け、資本主義の波及効果が社会を向上させると信じている政党・政治家に本当に役割をはたすことができるのか。これからはそういう厳しい選択の時代になっていくのではないか。(2009/3/5/No.117)

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アメリカ、オバマ政権にみる経済と政治とは?

 アメリカのオバマ大統領が予算教書を発表した。その中に「富裕層に対する税の優遇措置を打ち切る」という項目があるそうだ(2/27/7:35/NHK HP)。

 この優遇措置というのは「ブッシュ政権が二〇〇一年と〇三年の二度にわたって実施。年収二十五万ドル(約二千四百五十万円)以上の高額所得者の所得税率を35%まで引き下げ」たのだという(2/28付「しんぶん赤旗」=共産党HP)。

 おそらくこのカネ持ち減税がアメリカ住宅投資の“頭金”になったのだろう。それに低金利の金融政策が加わってバブルが発生したということだろう。新築住宅市場から中古住宅市場へと投資目的の転売が。

 アメリカ経済を未来永劫に牽引するはずだったこのシステムがパンクした。 

 歴史上、経済というのはカネ持ちのためにあったのだと思う。それを正すために革命があり政治制度が生まれたのだと思う。

 今は中世の王族を倒したような革命はない。しかしカネ持ちのカネ儲けを制御することが政治の役割であることは今も変わらない。でも日本は今それをしているか。(2009/2/28/No.115)

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アカデミー賞、ノーベル賞受賞と中川“酩酊”前大臣とのギャップはなんなのか。

 「22日開かれた米アカデミー賞の発表・授賞式で『おくりびと』(滝田洋二郎監督=53)が外国語映画賞を、『つみきのいえ』(加藤久仁生監督=31)が短編アニメ賞をそれぞれ受賞した」(2/24/NIKKEI NET)。

 その前にも複数の日本人の学者がノーベル賞を受賞した。日本人の活動なり業績なりが国際社会から評価されるのは喜ばしいことだ。

 一方で国の政府を代表して国際会議に臨んだ中川前大臣の“酩酊”ぶりが全世界に配信されて日本人の名誉を汚してくれた。このギャップは何なのだろうと思う。

 日本人にとって政治とは、若者が情熱をもってめざそうという分野には入っていないのではないだろうか。

 テレビの街頭インタビューで政治に関する感想を聞かれる場面、最近ははっきり答える人が増えてきたが、昔は、特に年配の女性の中には「むずかしいことはわかりません」と逃げる人が多かった。もちろんテレビ局がどのシーンを切り取って放映するかにもよるのだが。

 若者が政治の話を真剣に議論しているとおとなの世代から青臭いとのレッテルを貼られたりした。同じ世代からもまじめくさい、付き合いずらいなどとの扱いを受けたりした。

 最近の政治の世界、世襲議員が多い。このところの歴代の総理大臣、小泉、安倍、福田、麻生とみんな世襲議員だ。それぞれの地方では“殿様”化しているのではないか。

 明治維新の例を見ても、政治変動の原動力になったのは時の家老、奉行などといった上級武士の子弟たちではなくそれぞれの藩の下級武士たちだった。

 しかしどうだろう。今若者が政治の世界に立候補しようとすると自転車にのぼり旗を立てて若さを強調しながら走り回ると、見ようによっては目立ちたがり屋のパフォーマンスという気がしないでもない。

 戦後65年、日本はアメリカの敷いたレールの上をひたすらにはしってきたとも言える。欧米諸国に追いつけ、追い越せでとにかく仲間入りしたいとの思いで走り続けてきたとも言える。

 しかしこれからの時代、それでは立ち行かないだろう。これからの日本は間違いなく、国際社会の一員として協調を基調としながらどう国益を守るのかが求められていくだろう。

 そのためには学問の世界、映画の世界と、日本人が活躍して国際社会から評価されるのと同じように、日本の若者が政治に情熱を持って立ち向かい、同じように国際社会から評価される日が来ることが重要ではないか。(2009/2/24/No.114)

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自民党内で麻生首相退陣要求も、牛耳る政治家とパフォーマンスの政治家の狭間で。

 自民党内では麻生首相では次の総選挙は戦えないと公然と退陣要求が出たりしているようだ(2/19/NIKKEI NET)。

 内閣支持率がのきなみ10%台のところへ“酩酊”で国際社会の“笑いもの”になった前大臣までとびだし、次の世論調査では10%を切るとの観測も出ているようだから当然と言えば当然の動きだろう。

 しかし麻生首相本人は辞める気はない。後継候補がいないと言われている現状の中で与党は衆議院で3分の2以上。自分から辞めると言わなければ辞めされられることはないとよんでいるのだろう。

 任期は9月までの7ヶ月だが総理大臣という地位は実に居心地が良く誇らしいものなのだろう。

 ところで自民党にはなぜ後継候補がいないのだろう。おそらく牛耳る政治家では務まらなくなったということだろう。

 自民党というのは1955年の保守合同以来保守地盤を独占してきた。そのため地元と党を牛耳れば即総理大臣になれた。

 閨閥を含めた人脈づくりの巧みさ、集金能力の巧みさ、そして人事管理の巧みさ。それに若干の政策能力と演説力があれば十分だった。

 しかし日本の世の中は改革を必要としてきた。

 計算しつくされた巧みなパフォーマンスで国民の気持ちをつかみ、その国民の力で自民党を牛耳ったのが小泉元首相だった。しかしこの元首相にはパフォーマンスはあっても政治がなかった。政治とは社会のひずみ、矛盾とかを正すための共同作業だろう。しかし小泉元首相はその社会のひずみ、矛盾をさらに広げた。

 小泉元首相以降、彼をしのぐパフォーマンスを持った政治家は自民党の中から登場していない。やたらとテレビの報道番組だかバラエティだかそのあいのこみたいな番組に出て若さ、新鮮さを強調しながら自信満々に自説を語っている人がいるが自民党内を牛耳れる力もなければ国民の気持ちをつかみきれてもいない。

 かくして自民党牛耳り派もだめ、パフォーマンス派もだめで後継候補者なしだ。かくして国民の多数が早期退陣を望んでいる麻生首相の“ご満悦”な日々が続く。(2009/2/22/No.113)

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小泉純一郎元首相の正論と不正論

  小泉純一郎元首相が「定額給付金などの財源の裏付けとなる第2次補正予算の関連法案が衆議院で再議決される場合、本会議を欠席する考えを示し」て自民党内に波紋を広げているようだ(2/18/19:44/NHK HP)。

 同元首相はまた「現在の与党の議席がどういう形で得られたのかをよく理解していないのではないか」と麻生首相や自民党執行部を批判した(NHK 前同) 。

 これは正論だと思う。今の自民・公明の与党陣営で衆議院の3分の2以上の議席を占めたのは2005年の衆議院総選挙。「郵政民営化」をほとんど唯一の争点とした。それなのにあれにも3分の2。これにも3分の2では話が違う。

 しかし小泉元首相の「欠席」表明には麻生首相の「『郵政民営化』に反対だった」発言に大反発して見直しなんかしたら「定額給付金」をつぶしてやるぞ、という意味があるのだと思う。

 しかしこれは不正論ではないか。そもそも2005年の総選挙では「劇場型」だとか「刺客」だとか、マスメディアが大騒ぎして話題を興味本位にした選挙だったし中身についても「民営化」すれば景気は良くなる、その他は良くなるとばら色のようにえがかれた。しかし格差の拡大というかたちで「痛み」は拡大。しかも最近になって「かんぽの宿」の問題。なにやら国民共有財産の山分けみたいな話になってきた。

 直近の参議院選挙では与野党が逆転している。この4年間の流れを見れば「郵政民営化」は根本的な見直しをするという方が正論といえるのではないか。(2009/2/20/No.112)

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ノキア超高級携帯1号店、19日に銀座で開業に思う

 携帯電話機の世界最大手、ノキア(フィンランド)が「富裕層向け」に最高価格が600万円の携帯電話端末の日本での販売に乗り出すのだという(2/18/NIKKEI NET)。「皮革や金などの高級素材を使った」携帯端末なのだという。

 時は「100年に1度の金融(経済)危機」。日本の08年9月-12月の国内総生産(GDP)の伸び率は1974年の1月から3月、石油危機直後にマイナス13.1%となって以来34年9か月ぶりの落ち込み(2/16/10:0/NHK HP) 。

 そういう社会状況の中でも「皮革や金などの高級素材を使った」「最高価格が600万円の携帯電話端末」を購入して満足げにしている「富裕層」というものがいるのかと思う。

 ではなぜそういうカネ持ちが存在するのか。

 昔、江戸時代、「士農工商」の身分制度のもとで武士階級は農民から「年貢」を取り立てて上流階級となった。

 しかし今の社会は「自由社会」。昔、小泉元首相の下で大臣を務めた竹中平蔵氏が「努力した者が報われる社会」とことあるごとに強調していた。誰にでもその機会が与えられている「自由な社会」。あとは本人の努力しだい。本当にそうか。本人の努力しだいはそうかもしれない。しかし誰にでもその機会が与えられているは本当にそうか。

 いつの世にもカネ持ちはいるさ。われわれには関係のない別世界の話さ。それで世の中何事もないかのように流れていく。それでいいのかとしつこく思う。(2009/2/18/No.111)

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秋葉原、無差別殺人、満たされぬ願望は破壊によってのみ満たされるということか

 たとえば成績優秀な高校生がいたとする。しかし彼の家庭は大学生活を営むだけの資金が工面できない。

 高校在学中、自分より成績が下だった生徒があたりまえのように大学に進学していく。大学に進学したがゆえにいい会社にも就職できた。自分は希望通りの就職はできない。希望の職は大卒が応募条件だからだ。

 高校卒業後何年かが経って、希望通りの道を進んでいる(ように見える)同級生と自分とではあまりにも違う現実がある。あのとき進む方向が違ったためにあまりにも違う現実がある。

 しかし自分もそうありたい、本来ならもっと上の存在であるべき姿でありたいという願望が実現することはない。

 だとしたら周囲の方が自分に近づいてくるしかない。自分より成績が下だったものが上の境遇に登っていく。単に自分の生まれた境遇が裕福だったために順風満帆な人生を送っていく。そういう現実が壊れることしかない。そういう社会が壊れることしかない。そうなることで初めて自分と周囲が同じ境遇になる。

 これはあくまでも仮定の話だ。しかも一例だ。しかしもしそういうことがあるとしたらこの種の事件はこれからも続く可能性がある。(2008/6/9/No.32)

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無差別殺人事件と裁判員制度

 8日昼すぎ、東京・秋葉原で、男が次々に通行人をサバイバルナイフで刺して男女7人を死亡させ、10人にけがをさせるという事件がおきた。25歳の男は、現場近くで殺人未遂の疑いで逮捕され「世の中が嫌になり、人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」と供述しているという。(6/8/19:47/NHK HP)。

 今年の3月にも茨城県土浦市の駅前で「誰でもいいから人を殺してみたかった」と、1人が死亡し7人が重軽傷を負うという事件が起きている。またか、どうしてだと思う。

 ところで来年5月からだったと思うが、裁判員制度というのが始まる。だれでもがこういう事件の判決に参画する可能性が出てくる。

 今日の事件の場合、容疑者に責任能力があるということになれば判決は“簡単”だ。7人も殺した以上死刑という極刑でつぐなうしかない。

 では責任能力がなかったということになったらどうするのか。だから無罪では遺族は当然許さないだろうし社会も納得しないだろう。

 そしてさらにもっと深刻なのはこの無差別殺人の容疑者には死刑いう極刑が抑止力となっていないということだ。「誰でもよかった」という“動機”には一種の衝動が感じられるのであってそのことが責任能力の議論にもなるのだろうが、いずれにしても犯罪抑止にはなっていない。正規の裁判官でもためらうという死刑判決、しかももしかしたら犯罪抑止にはつながらないのではないかとも思われる死刑判決に参画できるだろうか。

 「世の中が嫌になり」は多かれ少なかれ誰にでもあるだろう。それが殺人につながるかどうかは個人の問題。ではもはやこの種の事件の続発は防げないのではないか。

 裁判員として直面する前に事前に防止するにはどうしたらいいのか、そういう立場でこの種の事件を考えてみたい。(2008/6/8/No.31)

 

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“何でもアリ??”の日本人はいっそのこと日本語をすべて捨ててしなったらどうなのか

古くなりつつある世代のざれ言を一つ。

 競泳のジャパン・オープンが開かれ、英スピード社の水着着用で日本新が続出したそうだ(6/6/NIKKEI NET)。

 この大会、ジャパン・オープンという名称。日本・オープンではどうしていけないのでしょうかね。まぁ今時オープンはしょうがないとしても日本でもいいでしょう。でもそんな名称では今時受けないということですかね。

 その大会で生まれた新記録は日本新記録。ジャパン・オープンで生まれた記録なのだからジャパン新記録なのではないのでしょうかね。

 ひところサッカーの実況放送でゴーーールとのばして絶叫するスタイルがありましたがあれもアメリカ調なんですよね。でも最近はあまり聞きませんね。

 とにかく日本調は捨ててなんでもアメリカ調にする。それが現代調というものであり時代に遅れないということなんでしょうかね。

 もう日本人はいっそのこと日本語などというものはきれいさっぱり捨ててしまったらどうなのですかね。そうでないとガチガチの復古調がはびこってくるのではという気もするのですが。
(2008/6/6/N0.30)

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「船場吉兆」の「もったいない」事件に思う

 高級料亭「船場吉兆」がもったいないという理由で客の食べ残しを別の客に出していた事件、あまりにも“想定外”の事件に思わず笑ってしまった。

 それにしても昔はお百姓さんが苦労して作ったお米を残すなと親から子どもに言われたものだ。いつの間にか聞くこともなくなった。食べ物は苦労して手にする時代ではなくなったからだろう。食べ物はカネさえ出せばいつでも手に入る、そういう時代になったからだろう。食べ物を手に入れるのに苦労がいらなくなったので平気で残す。そういう意味では確かにもったない。

 でも世の中そうそう甘くはできていないようだ。今、巨大な“胃袋”をもつ中国で豚肉が2年間で2.5倍に高騰し、「庶民の生活を直撃している」そうだ(5/8/NHK/クローズアップ現代)。理由は農村の働き手が都会に出稼ぎに行ってしまうから。苦労して養豚をするより出稼ぎに行った方が簡単に現金収入が稼げるから。それに世界的な穀物価格の高騰でエサ代がかかるから等々。そういえば日本も農業をないがしろにして自給率不足に苦しんでいる。中国が急激な経済成長で稼いだカネで世界の食料を買いあさったらまた食料価格が高騰する。

 食料あっての人間。そういう意味でのもったいないという精神は今後ますます重要になるだろう。もっとも「船場吉兆」について言えば高級料亭なんてだれが使うのか、その存在自体がもったいないのではないか。(2008/5/8/No.17)

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今年も猛暑?命がけの夏?

 今日は暖かいというより暑い一日だった。去年の今ごろもやはり季節のわりには暑いという日が続いた。この調子で夏を迎えたらどうなるのだろうと不安を持った。案の定というか岐阜県の多治見市と埼玉県熊谷市で40度9分の最高気温が観測された(07/8/16/18:12/NHK HP)。

 今年の長期予報では平年並みか少し暑いということだったので少し安心していた。しかしこの調子では今年の夏も暑いのではと不安になる。 どんなに暑くても大半をクーラーのもとにいられる人はいい。地球温暖化に大きな責任を持つ人たちもそういう人が多いだろう。

 しかし実際には体力のないこどもやお年寄り。クーラーのない家庭。屋外で仕事をすることが多い人から命をかけた対応を迫られていく。(2008/4/30/No.11)

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ラーメン戦争はどこへいったのだろう

 久しぶりに通った商店街。通るたんびに行列ができていたラーメン店。半分ぐらいの席があいていた。

 そういえば最近テレビでラーメンの番組を見ない。一昔前は環七ラーメン戦争、横浜ラーメン戦争、中央沿線国分寺、吉祥寺等々、毎日のように番組があった。それがいつの間にみなくなった。

 究極の味を追求し続けてもう追及の余地がなくなったのだろうか。それとも消費者の方であきがきたのだろうか。

 今競うようにしてできたラーメン店はどうしているのだろう。テレビに出ないだけで繁盛はしているのだろうか。それとも昔ながらに戻って常連客、ブームにとらわれないファンで堅実にやっているのだろうか。

 少し前のニュースでコンビニがもう飽和状態になっているというのがあった。サービス、品揃え、消費者の心をとらえるかどうかはすべて競争しだい。競争に打ち勝って夢をつかむ。そのつもりで次から次えと店が増えたが統計では売上高の対前年割れが続く。

 夢は見るためにあるもの??。たとえ短期間であっても一度も夢を見ることなくただ堅実に日々を過ごすよりもすばらしき時代であったということなのだろうか。(2008/4/28/No.10)

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「アメリカの裏庭」南米の変革の波は止まらない

 南米パラグアイの大統領選で中道左派を中心とする諸派連合「変革のための愛国同盟」のフェルナンド・ルゴ元司教が当選を確実にし、60年ぶり政権交代を実現した(4/21/NIKKEI NET)。
 
 ベネズエラのチャベス大統領、ブラジルのルラ大統領など「中南米、ラテンアメリカでいま続々と左派政権が誕生し」ている(06年7月21日NHKスペシャル=同HPから)。
 
 「アメリカはこれまで軍事力でラテンアメリカの政権を転覆し」(前同)自国の繁栄のために利用してきた。自国の繁栄のために利用するのであるから民衆を押さえつけ私腹を肥やす政権の方が都合が良かった。結果として「独裁政権を生みだし、貧困と格差をもたらし」た(前同)。そして今そのことに「民衆が目覚め」ているのだという(前同)。

 この流れをアメリカが歓迎しているわけではない。しかしイラク戦争に大量の兵力を投入し、大量の犠牲者を出し、今や新兵募集もままならないほど疲弊したアメリカにその力があるのか。アメリカ人はついていけるのか。

 イラクの石油を欲しがる一方で「裏庭」を失いつつあるアメリカ。自国の繁栄のためには欲しい国はすべて手に入れるとしてきたアメリカ。今その専横、横暴が少しずつ崩れようとしている。

 それにしても60年ぶりの政権交代。これをもって世の中必ず変わると考えるか世の中どうせ変わりはしないと考えるか。人生の分かれ道でもある。(2008/4/27/No.8)

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JR福知山線事故から3年

 107人が亡くなったJR西日本の福知山線の脱線事故、今日25日で3年になるのだそうだ。
 電車が横転してマンションに激突している映像、こんな映像今までに見たことがないという点で阪神・淡路大震災の高速道路が崩壊している映像とともに衝撃的ものであった。
 事故原因は確定したのかどうなのか。当時言われていたことはちょっとした遅れを挽回するためのカーブでのスピードの出し過ぎということだった。
 国鉄が解体して民営化JRが誕生。民営化会社である以上利潤追求を目的とする。その追求の中で切磋琢磨がうまれ、創意工夫がうまれサービスも向上する。はずだった。
 しかしその利潤追求は最新式の列車自動停止装置の設置を怠るという行為になった。競合他社線との客の奪い合いからちょっとした遅れを回復しなければとの心理的圧力をうんだ。
 鉄道会社にとって最大のサービスは安全のはずだ。しかしあまりにもあたりまえ過ぎてこれを日常的にはサービスとは受け取られない。サービスとはたとえ2~3分であってもいかに早くであり、いかに便利にであり、看板列車はいかに豪華にである。そのためにはJR西日本のように安全装置をおろそかにする。またほとんどの鉄道会社がそうであるように駅員の数を減らすなどのことが行われている。
 安全では集客ができない。集客ができてこその民営化鉄道会社だ。この大原理がある以上、特に大都市圏の鉄道利用者は常に福知山線事故と隣り合わせにいると言っていい。(2008/4/25/No.6)

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執行猶予狙いの“反省”が横行していいのか

 前防衛次官汚職事件で、収賄と議院証言法違反(偽証)の罪に問われた前次官守屋武昌被告(63)が初公判で起訴事実を大筋で認め、「官僚トップとして模範を示す立場でありながら、このような事態を招き、防衛省と国民の皆さまにおわびします」と謝罪したとのこと(東京新聞4/21/ 夕刊 同HP)。

 汚職事件に於いてはほとんどの場合、逮捕されるまでは犯行を否認する。この事件の場合も偽証罪に問われたということは逮捕されるまではウソをついていたということになる。ところが一転、逮捕されると犯罪事実を認め、反省の姿勢を見せる。

 このことは裁判において有罪は覚悟するとしてもその刑の執行猶予をねらっていることは明らかだ。裁判所も殺人強盗等の凶悪事件とは違うという認識なのか執行猶予付き判決を出すことが多い。

 執行猶予となればその期間を“無事に”過ごせばあとは記録が残るというだけになる。これでこの種の犯罪を戒め再発を防止するということになるのだろうか。

 知っていることのあらいざらいを述べ、社会的巨悪の存在を赤裸々にするくらいの供述があって初めて反省を認定するというぐらいの姿勢があって当然ではないだろうか。(2008/4/21/No.5)

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外国人単純労働者受け入れ推進だって

 財界っていうのは懲りないんだね。財界三団体の一つ 経済同友会が「海外からの単純労働者について『積極的に受け入れを推進すべきだ』と前向きな議論を求めた」そうだ(4/6/NIKKEI NET)。
このニュースを読む限りではどういう待遇が用意されているのかわからないが、従来のやり方では日本人労働者より大幅に安く使うのが通り相場だ。日本人労働者より大幅に安くても出身国では大金になるため外国人労働者は良く働く。
 この問題はソビエト崩壊後、東欧諸国などから労働者がなだれ込んだEU諸国でも問題になっている。安い賃金労働の流入は域内の賃金水準全体を押し下げると警戒されているからだ。
 経済同友会のこの提言は「人口減少や国際化に対応した」としているものの「日本の競争力強化のための」とされている(前同)。やはり安い労働力が想定されているというべきだろう。
 最近、日本では“競争力強化のための”悪質な違法行為が問題になっている。派遣労働問題。依頼企業は直接雇用なら当然しなければいけないことをしないで同一労働を手に入れることができる。
 「名ばかり管理職」というのもあった。かたっぱしから管理職の肩書きだけつけて残業代を支払わない。これが日本の「競争力強化」の実態だ。
 勇気ある人々の告発、闘いで世論が動き方向転換を余儀なくされた。でも財界は懲りてない。日本人労働者でだめなら今度は外国人労働者で大幅賃金抑制をねらおうということだろう。資本主義とは別名賃金抑制主義だ。まずは認識を変えていくことからはじめないと。
 

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